1960年代の日本映画はなぜ面白いのか

先週の金曜日は、さいたま市に行き、イーストプラザで「映画の中の都市と私が愛した女優たち」をやった。
まずは、埼玉で撮られた映画として、吉永小百合の『キューポラのある街』 川口駅で北朝鮮帰還者のお別れのシーンがあるが、川口駅は、木造で今でいえば「ローカル線の旅」程度の駅舎であるのには本当に驚く。
もともと、この時期は日本経済は、年ごとに成長していたので、原作が書かれた1950年代末と映画製作の1962年でもかなり町の雰囲気は違うのだが。
吉永がアルバイトをするパチンコ屋でかかる曲が小林旭のものなのは、さすが日活。

次に季節柄、桜の映画。吉永小百合つづきで、『細雪』のタイトルの平安神宮の花見。4姉妹が桜の下を歩むシーンは時期が合わず、造花らしいがその他は本物の平安神宮の桜。
平安神宮続きで、岩下志麻の『古都』では、早川保と環三千代が出てくる他、祇園祭りの宵宮で二役の岩下が、妹で北山杉の村の娘と会うシーン。今ならCGで簡単に合成できるだろうが、二役で会話するシーンもあったのだから大変だったと思う。
次は、鈴木清順のアクション・コメディーの傑作『けんかえれじい』のイースターの夜に、高橋英樹と浅野順子が桜の下を歩くシーンの悲しさは、青春の悲しさの象徴だろうか。
桜の最後は、池内淳子と池部良の『花影』の青山墓地の桜、池内は元恋人で別れて再会した池部に言う「今日だけは遊んであげる、きっと桜の性だわ」

次は消えた町・変わらない情景で、『泥だらけの純情』の渋谷、上野、横浜駅東口。『わが恋の旅路』の運河と港橋の向こうにある横浜市役所。
『乾いた花』の日本映画史上初めて出た花札賭博の「手本引き」、今は営業していないシルクホテル。

ここからガラッと変わって、メロドラマの傑作『君の名は』の1945年4月25日の東京空襲の特撮シーンの岸恵子と佐田啓二。皆さんもこの空襲シーンの迫力には驚いていたようだが、それもそのはず、ここは円谷英二が撮ったものなのだ。戦後、公職追放を受けていた円谷は、映画各社で仕事をしていたが、その一つが松竹での東京大空襲のシーンなのだ。

次いでメロドラマの傑作の『あの橋の畔で』の回想シーンとカンボジアでの入江美樹とのシーン。入江には、さすがの桑野みゆきも負けていた。
東宝の内藤洋子と酒井和歌子対決の『あこがれ』と『めぐりあい』。
後者のダンプカーの上のキス・シーンは、ダサいが迫力があり、製作の金子さんの本では、酒井和歌子は本当に張り切って演じたというがっその通りだろう。ラストが横浜ドリームランドだったことも驚き。
カラオケで人気の『夕日の丘』のラストシーンの後、坂本九、浜田光夫、吉永小百合、高橋英樹の『上を向いてあるこう』では、ラストの国立競技場での行進と、様々な記録映画的に挿入されるカットが良い。
そして、全体として見れば、『あこがれ』のラストの移民船の横浜の大桟橋での田村亮と母の乙羽信子のシーンでは、加藤茂雄さんや記平芳枝さんなどの東宝の、いわゆるBフォーム契約の役者の方が、主人公たちに周辺にいてきちんと演技しているのが凄いと思う。
松竹や日活などのどの会社の作品を見ても、「大部屋」俳優たちが映画を支えていて、それが作品を面白く、また厚みを加えていたと改めて思った。

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