ルネ・クレールの世界は、いつのことだろうか

ルネ・クレール生誕120年で、シネマジャックで『巴里祭』と『リラの門』が上映されていたので行く。
『巴里祭』はテレビで見たことがあるが、『リラの門』は見たことがないので行ったのだ。
見ていて、ここに描かれたパリの庶民の世界は、かなり下層であり、またこれは本当に1930年代と1950年代のことであるのか、少々疑問を感じた。

私は、フランスの社会や時代には詳しくないが、1918年の第一次世界大戦の後のパリは、ローリング・トエンティーズと言われる狂騒時代だった。ジャズが流行り、ピカソをはじめ前衛美術家が出て、ジョセフィン・ベーカが踊った。
1929年の世界恐慌で、それは一時終息するが、その名残は1930年以後も残っていたはずだ。
だが、それはどこにもない。
『巴里祭』のダンスホールで演奏されるところに、ジャズやラテンはないのは実に不思議で、蓄音機もない。
また、『リラの門』では、自動ピアノは出てきて、ラジオはあってもテレビはない。
おそらく、ルネクレールは、意識して、時代的なものを排除して、第一次世界大戦以前の古き良き時代を演出しようとしているのだと思う。

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