『市川崑物語』

監督の岩井俊二が市川崑の生涯を描いた作品を作ったと聞いたときは、驚いた。
作風が根本的に違うからである。
市川には、実験性や映像性はあるが、彼の世界は常に明確で、岩井の本質である迷妄さは全くないからだ。岩井の映画は、『Love Letter』など初期のものしか見ていないが、話の辻褄があっていないところがある。

「市川崑物語」と題しているが、中心は彼の奥さんで脚本家だった和田夏十(茂木由美子)との夫婦物語である。
京都のJO映画で漫画映画を作っていた市川は、会社の統合で東宝東京に移籍し、戦後そこで茂木由美子に会う。
二人は、市川の監督昇進作品『花ひらく』の後、結婚する。
そして、市川があるとき、シナリオの相談をすると和田は脚本を即座に改定し、それがきっかけでシナリオ・ライターとなる。
『ビルマの竪琴』『こころ』等の日活をはじめ、『炎上』『鍵』『野火』などの大映時代の名作が誕生する。
今回、初めて知ったのは『おとうと』が、水木洋子のシナリオとしてあったが、誰も映画化せず、それはもったいないと市川が映画化したこと。
実は、この映画は中学生のときに見て、それまで良く見ていた東宝の空想科学映画(現在のSF映画のこと)や東映のチャンバラ映画とはまったく違う洒落た作品にとても驚いた。
水木洋子と和田夏十と言えば、日本の女性シナリオ・ライターの草分けである。

岩井ら若手映像作家が、市川作品を見た初めが、角川映画の『犬神家の一族』だったと言うのは、時代を感じる。
角川映画の金田一耕介シリーズでは、二作目の『悪魔の手毬歌』が最高傑作だと思う。
あそこに出てくる映画界から凋落したサイレントの弁士、岸恵子がやっていた女道楽(山田五十鈴主演の劇『たぬき』の主人公立花屋橘之助の浮世節のような雑芸)等の芸能は、市川の関西での青春だったと思う。
その辺をもう少し詳細に描いてほしかったが、岩井の知識では無理だろう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする