『人形の家』

この20年くらいに見た芝居の中で最高の一つだった。
それは、言うまでもなく主演の宮沢りえの演技が半分だが、残りはデビット・ルボーの演出である。

恥ずかしながら私も、イプセンの戯曲は学生時代に読み、ジェーン・フォンダ主演、ジョセフ・ロージー監督の映画も見ているが、女性の自立を描いた劇というしか記憶していなかった。
だが、この優秀なイギリス人演出家の手によると、主人公ノラが自立を宣言する三幕に行くまでの、一幕、二幕がとてもスリリングで大変面白い。
クリスマスの日、ノラ(宮沢りえ)はプレゼントを沢山買って帰って来る。夫ヘルメル(堤真一)が、弁護士から銀行の頭取になり、生活が安定したのだ。
だが、新婚当時、病気の夫をイタリアに転地療養させるため、自分で費用を因業な金貸しクロクスタ(山崎一)から借りたノラは、開幕からすぐに窮地に追い詰められて行く。近松門左衛門の心中もののように、金と色にノラは追い詰められる。
まるで、サスペンス・ドラマである。
最後、窮地はノラの親友クリステーネ(神野三鈴)が、元夫だった山崎とよりを戻し、借金の証文を取り戻してくれたことで、すべては解決する。
だが、その地獄から天国への急展開の中で、ノラは夫の本心に直面する。
結婚以来、自分を「人形」としか扱って来なかった夫から離れ、一人の人間、女として自立し、夫も3人の子も捨て、ノラは家を出て行く。

明治以来、日本でも松井須磨子以来、その時代を代表する女優が演じてきたが、宮沢りえは、21世紀のノラを作った。
こんなに良い女優とは思っていなかった。

デビット・ルボーは、シアター・コクーンの客席を作り変え、中央に四角の舞台を置き、全周囲から見られるようにしていた。
まるで、隣の家の劇を見るような臨場感であり、私のほんの数メートル先で、宮沢が演技している。
その美しさ。
女性客は、「手足だけではなく、ウエストも細いのね」と驚嘆していた。
まるで、東京の若い新婚家庭の劇のようである。
かつてタレント、モデルとして、まさにテレビの世界の「人形」だった少女は、芝居の最後では、完全な女、女優になっていた。
唯一の問題は、夫の堤が嫌味な人間とは見えないところで、これは俳優の持ち味だから仕方あるまい。

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