通婚圏の消失

昨日の夜は、1980年代の横浜でコンベンションに関係した方々との飲み会が会った。
今は某区区長のM氏の呼びかけで、コンベンションとパシフィコ横浜の双方でご活躍されたS氏、当時JTBから出向されていて、現在は系列の旅行学校の先生のT氏、コンベンション初期の幹部で、その後は外郭団体に勤められ現在は完全にリタイアされ、保土ヶ谷で町内会の役員をやっていられるS氏など。

様々な話が交錯したが、その中でも大きかったのは、昔は職場での飲み会を初め、旅行会、運動会、サークル等々のインフォーマルな会合が多数あったこと。
それが男女交際の始まりの場となっていたが、現在ではほとんどない。
それが、現在の「非婚化」の原因の一つではないか、という議論になる。

確かに、私が知っているある女性係長は、職場が女性ばかりで相手が見つからないまま30歳近くになった。
そこで、役所の山岳部に入部し、年下の男性を見つけ無事結婚したそうだ。

文化人類学では、「通婚圏」という考え方がある。
結婚する相手が、どのエリアに属していたかを問題とする考え方で、一般には文化が進むほどエリアは広がるとされている。
しかし、近代以前の日本の村落でも、村の内部から相手を見つけることは少なく、多くは隣村あたりから結婚相手を探したようだ。
そして、近代、さらに戦後の昭和30年代までは、様々な人間による紹介の「見合い婚」が主流となる。
さらに、団塊の世代の時代以降は、「友達婚」の時代となり、通婚圏は、学校か職場になるが、恐らく職場の方が多かったのではないだろうか。
職場は、結婚適齢期であり、学生時代では、大学でもまだ早く、結婚は男女とも現実のものとしては考えられなかったからだろう。
そして、1970年代以降は、職場結婚の全盛時代になったと思う。
だが、現在職場からは、セク・ハラから若者の付き合い嫌い等々により、かつて存在したインフォーマルな男女の交際機会は、ほとんど失われたようだ。
そこで、起きているのが「非婚時代」と言うのも、当然の帰結だろう。
やはり、職場のお局様のご指名、地域のおしゃべり、さらに保険のセールに至るまで、結婚への紹介は、必要なのだと思う。
なぜなら、余程結婚に対して強い希望を持っている人はともかく、なかなか結婚へも決意するのは意思の飛躍が必要なのだからだと思う。

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