『箱根風雲録』

昭和27年、左翼独立プロ運動の最盛期に作られた山本薩夫作品。
新星映画社と前進座の提携作品で。
私は高校のとき、テレビで見てあまり面白くなかった記憶しかなかったが、上大岡のツタヤにあったので、再見する。
結論から言えば、なかなか面白い。
特に、前半の箱根用水を作るために苦労するところはとても良い。
左翼独立プロが作った時代劇大作と言えば吉村公三郎監督の『夜明け前』が高く評価されているが、描写に少々荒っぽさはあるとしても、それより上だと私は思う。
映画『夜明け前』は、民芸の芝居『夜明け前』の作品としての「偉大さ」に乗っかった映画であり、『箱根風運録』は、映画オリジナルなので、この方が意義があると思うのである。

工事の責任者の友野与衛門(河原崎長十郎)が、幕府の圧力、農民の無理解、盗賊(中村頑右衛門)らの妨害、さらに自然の事故等に闘って工事を進める前半はとてもよく出来ている。
盗賊との件など、伝奇的要素も入れている。
この辺の苦闘は、戦前、戦中の山本薩夫、今井正、伊藤武郎など、共産党員ら反体制派の体験から来ていると思う。
そのことは、今井正の『ここに泉あり』での、進歩的文化運動の駄目さの描き方にも共通している。
筋書きは、実際の歴史とはかなり違っていて、幕府は妨害したのではなく、むしろ友野は、幕府の許可を得て、下請け工事的にやったようだが、その辺は映画なので良いだろう。

最後、資金が枯渇して、その果てに妻(山田五十鈴)が江戸で金策して来て、無理解だった農民と和解するとき、「私は金も名誉もいらない」と懺悔するところや、さらに用水が完成して農民らが欣喜雀躍するところの痴呆性は、笑えるが。
農民には、飯田蝶子、花沢徳衛、また三島雅夫らの左翼映画人総出演。また、盗賊の妻に轟夕起子とこの頃の役者はなかなか偉いね。
欠点と言えば、大木正夫の音楽で、浮ついていて余り合っていないように思う。
大木正夫は、山本の『赤い陣羽織』でも書いているが、これも良いとは思わなかった。
大木正夫と言うのは、1950、60年代は随分評価が高かった作曲家だったようだが、現在ではほとんど忘れられた音楽家に近くなっている。時代の変化は実に激しいものだ。

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