スラム・クリアランスの思想

昨日は、用があって横浜の黄金町に行った。
桜がちょうど満開で、多くの人が出て、屋台や物売りの店まであった。
そして、黄金町の京浜急行のガードの下には、ギャラリーのごときものがあった。
これは、「黄金町浄化作戦」なる松沢県知事、中田宏前市長が推進された、黄金町のガード下の「売春地帯」をスラム・クリアランスし、文化・芸術の拠点にしようとする施策の具体化なのである。
税金を使ってよくこのようなバカげたことをやるものだと言う他はない。

確かに、売春地帯があるのは問題だろう。だが、それは一種の「必要悪」であり、まず根絶は不可能である。事実、ここにいた連中、特にタイや台湾人女性だが、日本からいなくなったわけではなく、北関東の筑波、鹿島あたりに移って行っただけのようだ。
社会の中に、こうした女性を生む土壌があるのだから、それを根本的に直さないで、自分たちの目の前から消滅させて良しとしているのは、本当にどうかしている。

1960年代の東映のヤクザ映画では、古くからある商店街等を、新興の経済ヤクザが来て、住民を追い出しスラム・クリヤランスし、そこに新しく近代的なビルを建てようとする。
そこに鶴田浩二や高倉健が現れて住民の味方になり、安部徹や天津敏、金子信夫らの悪人を叩き斬ってくれて、エンド・マークになる。
どこかに鶴田か高倉はいないものだろうか。
松沢知事の禁煙条例には大賛成だが、この黄金町浄化運動は大愚策である。

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