感動をありがたがるバカものたち

ワールドカップも、日本が破れ、テレビ、新聞も少しは静かになるだろう。
だが、近年、一番気になるのは、観客が何かと言うと、感想を求められて
「感動を有難う!」とよく言うことだ。
「バカじゃなかろか」と思ってしまう。

なぜなら、スポーツ、映画、演劇、音楽、文学等のエンターテイメントは、本来他人をエンターテイン、もてなしし感動させるためにやるものである。
だから、それに対してエンターテイナーは、ときとして多額の報酬を得ることができる。
感動したとしても、それに相応しい報酬をもらっているのだから、お礼を言う必要はない。

それを殊更「感動をありがとう」と言うのは、普通のドラマやスポーツには感動がない、と言うことなのだろうか。
多分、そうだろう。

たまに野球場にプロ野球を見に行くと、選手、特にベテラン選手が、時として適当にやっている場面にぶつかることがある。
一年中試合をやっている選手にとって、毎日全力で戦うことは、モチベーションの保持から言っても難しいに違いない。
だが、私はそういう選手を見ると、むしろ人間的で面白いと思ってしまう。
彼らにも生活があり、試合に全力を挙げているばかりではいられないからだ。

よく言われることに、「試合の形勢、勝ち負けが見えてきたらベテラン選手ではなく、若手を使え」と言うのがある。
ベテランは、「今日はもうだめだから早く終わって飲みに行こう」と考えるが、若手はそんな暇はないので、がんばるからである。

観客が「感動をありがとう」などという程度の低い台詞を言って選手を甘やかしているようでは、日本選手は世界で活躍できない。

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