『銀嶺の果て』

勿論、以前見ているが、やはり気になるので見てみる。
1947年の東宝作品で、脚本は黒澤明のオリジナル、監督は谷口千吉、製作はアクション映画が得意の田中友幸。

銀行ギャングの3人組が長野の山奥に逃げ込んでくる。
雪山を背景にした、当時日本で最初の山岳映画だった。
山男・谷口が監督なので、雪山や山稜の美しさがよく撮られている。
撮影は、東宝ストの後は、独立プロで主に記録映画を撮る瀬川順一なので、映像はきわめてしっかりしている。
音楽は、伊福部昭で、ドラマチックなところと抒情的な部分が上手く「伊福部節」で奏でられている。

温泉宿の宴会シーンでは、花沢徳衛のふんどし踊りも見られる。
彼も、バリバリの共産党員だったので、ストライキ解除後は、クビになる。
1948年8月の、「来なかったのは軍艦だけ」のスト解除の強制執行の時、彼はヘルメットを被ってバリケードに立てこもっていたそうだ。
あの顔を想像するとおかしいが、本人は結構本気だったという。

3人組のギャングは、雪崩で小杉義男が、転落で三船敏郎が死に、最後志村喬だけが生き残る。
そして、道案内をしてくれた山男の河野秋武が負傷して動けなくなると、志村は彼を背負って下山し、自首して逮捕される。
ここにも黒澤の強い「贖罪意識」が窺える。

山小屋の娘の若山セツコが可愛い。上戸彩より良い。
ここには、谷口の若山への思いも含まれていたのだろうか。
谷口と若山は、後に結婚するのだから。だが、すぐに別れ、谷口は八千草薫と一緒になり、若山は、女優をやめてクラブを開いたりするが、結局自殺してしまう。
山男の谷口は、言ってみれば、かの吉田拓郎のような、「男らしい男」で、異常にもてたらしい。
最初の妻水木洋子との離婚も、谷口の女性関係が原因だったそうだ。

日本映画専門チャンネル 志村喬特集

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