手写し本

先週、神奈川県の図書館協会総会があった。
内容は、例年の決算・予算、事業報告・計画、永年勤続職員表彰等で、特に目立ったものはなかった。
県視聴覚教育連盟の解散と、同連盟事務の継承があったくらい。
視聴覚教育と言うのも、戦後のアメリカ民主主義の遺産のようなもので、ナトコ映写機の配布と共に、全国民に映画を利用して民主主義と文化の向上を図る目的で行われたものであり、1950年代には大きな効果があったといえる。
だが今や、視聴覚教育は、良くも悪くもテレビの教養番組がやっており、同連盟の解散も時代の流れであろう。

さて、総会の後は毎年「講演会」があり、今年は芥川賞作家の揚逸(ヤン・イー)さんだった。
今は、関東学院大学の客員教授でもある彼女は、2007年に日本語を母国語としない作家として、初めて芥川賞を受賞したのだそうだ。
講演の内容は、特にどうということもなかった。
ただ、彼女が中学・高校生時代に、学内で流行していた「手写し本」は、大変興味深かった。

当時、彼女が生まれ住んでいた中国のハルピンにも書店はあった。
だが、そこに並んでいるのは、マルクス・レーニン、毛沢東等の本ばかりで、彼女のような若者が興味を持つ本は売っていなかったそうだ。
そこで、彼女たちの間で流行していたのが、手写し本だった。
それは、まさに手で紙に写して書くもので、教師等に見つかると、当然取り上げられてしまうものだったとのこと。
内容的には、かなりいい加減なものもあったが、中には文革の犠牲となった、劉少奇国家主席の夫人王光美のことを叙述したものもあったという。
揚逸氏も、様々な本を友人から借り、夜に家で写したそうだ。

まるで『源氏物語』の写本ではないか。
近代的印刷術ができるまで、本は写本の形で作られ、流通してきた。
今の日本に、手写しでも読みたいと思える本が本当にあるだろうか。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする