桃井かおりの演技は

BSで桃井かおりの特集をやっていた。
日本ATG史上二番目に客が入らなかったと言われる『あらかじめ失われた恋人たちよ』から、ハリウッドでの活躍、最近作まで、結構きちんと描かれていた。
因みにATG史上最低の入りの作品は、羽仁進監督の『午前中の時間割り』である。

その中で、監督の河瀬直美が、彼女の演技を「素になることを演じている」と誉めていた。
だが、「このまるで演技しないように見せる」と言うのは、日本の近代の演技方法論なのである。
新派から文学座、さらに松竹大船の演技論が、この演じないように見せる、というものなのだ。

例えば、新派の花柳章太郎は、まるで台詞を憶えていないようにたどたどしく言う。
殿山泰治も、いつも演技するのなんて嫌だ、というように嫌々芝居をしてみせる。
小津安二郎の映画の中の笠智衆は、素人のように台詞を棒読みする。
また、森光子も、『放浪記』を長年演じてきたが、そのたびに前のときの台詞、演技をすべて忘れることにし、毎回初めて演じるようにする、と言っていた。
桃井が、一番好きだという監督神代辰巳は、京都撮影所ではあるが、松竹の出身なので、この素人風演技論上にある。
彼の監督第一作の『かぶりつき人生』は、ほとんど素人のような連中を使い、ドキュメンタりーのように演出しているのが、その実例である。

河瀬が誉め、『東京夜曲』の市川準が指示した、くさくない演技という桃井の演技は、実は日本の近代の演技論の上にあるのだ。

かつて、フランスのフランソワ・トリフォーが、監督になる前に、石原裕次郎主演の『狂った果実』を見て驚嘆したと言うのも、実は監督の中平康が松竹大船出身で、素人風演技をさせているからなのである。

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