『純情二重奏』

内容を確かめずに録画して見たら、1939年の戦前のものではなく、1967年の再映画化だった。こんなものを作っていたのだ、松竹は。松竹大船に戦争は存在しなかったのか。
大島渚は、戦後映画のことを日本人を被害者としてしか描いていなかったと言っているが、それは戦前から少しも変化のなかった松竹大船映画のことである。
主人公の女性二人は、倍賞千恵子、美津子姉妹で、ここでも姉妹を演じる(本当は美津子は違うのだが)。

戦前の佐々木康監督、高峰三枝子、木暮三千代、斉藤達夫、細川俊夫らのものも、2007年1月にフィルムセンターでの「歌謡映画特集」で見ているが、総集編で、細部の展開がよく分からないものだった。
これも、『愛染桂』同様に、きわめてひどい編集で、多分ネガからではなく、ポジプリントを切り刻んだと思われるものだった。
幾つかのシーンの冒頭に音がしない部分があったのだ。要は、音ネガと映像ネガをきちんと合わせず、ポジプリントから直に切ってしまったものなのだろう。多分、元のネガにはあっただろう、中野忠晴やリーガル千太・万吉ら、アパートに同居する若い芸人たちのショーの場面が欠けていたのは、極めて残念だった。

多分、筋はおおむねは同じだと思う。
東京の作曲家北竜二のところに、母親をなくした倍賞千恵子が、「お前は本当は大作曲家河田の娘なのだ」との母の言葉で信州から上京し、父親の北に会う。
戦争で負傷した北が、信州に療養に来たとき、倍賞の母と知り合い、子を作ったのである。
だが、彼は「妻の坪内美詠子や倍賞美津子との幸福を壊さないでくれ」と理不尽に倍賞を追い返す。
悲嘆にくれた倍賞は、横浜で新進作曲家吉田輝男と知り合い、彼の励ましで望みだった歌手を目指す。

新人コンクールで、倍賞姉妹は争うことになり、また吉田輝男をめぐってもライバルになる。
ともかく戦前の劇を昭和30年代後半にやるのだから、アナクロ以外のなにものでもない。

監督の梅津明治郎は、真面目な人なので、この古臭い話を真面目に撮っているので、途中はかなりかったるい。前に見た1960年代に中村登がリメイクした『愛染桂』を見たことがあるが、そこでは須加不二男をはじめ、岡村文子らは、ほとんどワルノリのようなおかしさで演じていたのに対しているのとかなり異なる。
だが、このバカバカしさを救っているのが、吉田輝男の演技である。
彼は、小林旭のように白々しい台詞を堂々と照れずに言うが、なかなかできることではないのだ。
これは実に大したものである。
最後の「芸術祭賞音楽会」のシーンは豪華に組み立てている。
会場は、よく分からないが、有楽町の松竹ピカデリーだろうか、前作の東劇ではないようだ。
そこでは、倍賞姉妹のほか、森進一、扇ひろ子らも出て来て歌う。
高峰三枝子も、別のシクエンスの吹き込み風景で出るほか、倍賞の回想シーンでも歌っている。
ここには、早川雪州も出ていて、彼の最後の映画出演作のようだが、そのように戦前スターの披露映画と言うか、高齢スターへのお小遣い作品であると言われても仕方がないだろう。

監督の梅津明治郎は、後に部落解放をテーマとする啓蒙映画を作り、その関係だと思うが、横浜の某人権団体の機関誌の冒頭に毎月エッセイを書いていた。
「この人は、こういうことをやっているのか」と思ったものだが。
衛星劇場

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