『盟三五大切』(かみかけてさんごたいせつ)

CA260389

コクーン歌舞伎も、1994年以来すでに17年になったそうだが、私は今回が初めて。
理由ははっきりしていて、中村勘三郎が嫌いだからである。
先代の親ともども、実に上手いと思うが、時として見せる、その観客を舐めたような偉そうな態度が嫌いなのだ。
今回は、別にその中村勘三郎が出ないから見に行ったわけではないが、多分勘三郎が出ない分、華やかさや面白さには欠けたかもしれないが、その分全体のアンサンブルは良かったのではないかと思う。

原作は、言うまでもなく四世鶴屋南北で、『仮名手本忠臣蔵』の世界を借りた外伝である。
浪人の薩摩源吾衛門(中村橋之助)は、実は塩谷家の不破数右衛門で、悪党の三五郎(中村勘太郎)と遊女の小万(尾上菊之助)に騙されて、叔父から貰った百両を取られてしまう。
騙されたことを知って、源吾衛門は、三五郎と小万を残虐に殺す。
ここが最大の眼目だが、実は三五郎も、塩谷家の者で、討ち入りの者に不破数右衛門を入れるため、それとは知らずに浪人から騙し取ったことが分かる。
つまり、源吾衛門の殺人は、まるで無意味なものだったことが分かる。
ここにあるのは、武士社会の仇討の無意味さであるともに、因果ものの持つ、一種の不条理性だろう。
江戸時代の歌舞伎作者たちが工夫した因果物の世界の意味は、この世の中が実に不可思議で、意外な関係でつながり、想像もしない結果を起こす「不条理性」にあったと思う。
その意味で、この戯曲を石沢秀二の演出の青年座公演を見て、多分映画化を発想したと思われる、松本俊夫監督、中村賀津夫、唐十郎、三条泰子主演のATG映画『修羅』の方が、そうした不条理性はよく描いていたと思う。

串田和美の演出は、演技、音楽、美術など、どれも優れたもので、またセンスの高さを見せるが、私には少々違和感が残った。
なぜなら、言ってみれば、「お坊ちゃん芸」を本質とする串田和美が、江戸の最下層の庶民の悲劇を作ることのちぐはぐさである。
「そんな野暮なことは言うな」との見方もあるだろう。
だが、極めてよくできていながら、どこか感動が薄いこの劇の問題は、そうした串田和美と南北の世界との本質的不調和にあるのではないかと私は思う。
別に、南北の世界と串田が合わないからと言って、串田の欠点ではない。ただ、資質の問題にすぎないのだから。
シアター・コクーン

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コメント

  1. T.Y. より:

    中村勘三郎が
    17世共々「お客様を”嘗めている”」
    いいやそれは貴方の甚だ大きな誤解ですね。
    私は舞台裏方の仕事をしておりますが17世、18世共々自身の芸に大変厳しかったと伺いましたし、
    また18世とは仕事柄何度かご一緒する機会がありましたが間近で見ていて、
    それはそれはあれ程までに妥協を許さない役者さんはまず見たことが御座いませんでした。
    貴方がお客様を嘗めていると感じたならそれは一種の芸に対する遊び根性。
    役者は遊び心がないと芝居も、
    また役者の個性も消え、つまらなくなります。
    これは歌舞伎役者に限らず新劇も新派もミュージカルの役者もね。

    まあ、これはあくまで推測で間違っているならすみません。
    17世、18世がそういう様に貴方の眼に映ってしまうのは恐らく貴方が「大いに遊ぶ/わざと羽目を外す」という事を全くなさらないせいではないでしょうか?

    悪しからず。

  2. さすらい日乗 より:

    1982年10月のことですが
    確か木曜日の昼間に歌舞伎座に行きました。
    17世が『俊寛』を演じていましたが、平日の昼間で、当時客席はガラガラで、適当にやっているように見えました。
    それは逆に言えば非常に正直ということで、ノレば素晴らしいわけです。残念ながらそういう舞台に会いませんでしたが。

    プロ野球で言えば、巨人の江川が、どうでもよい試合で下位打者に手を抜いて投げ、ホームランを打たれたこととよく似ています。
    多少手を抜いても、表現は水準以上だったわけですから、才能があったことは認めます。