『「お笑い」日本語革命』 新潮社

『全国アホ・バカ分布考』に続く松本修の名著である。
前作が、アホとバカについての、周縁論的な民俗学的分析とするならば、これは極めて全うな国語学的研究である。

1990年代以降、日本全国の言語は、お笑い芸人がテレビから発する言葉によって急速に変化し、新語を増加させている、と言うのが著者の見方で、それは正しいだろう。
この本で扱われるのは、まじ、みたいな、どんくさい、おかん、キレる等の言葉。
私は、こうした言葉の使い手である、とんねるず、ダウンタウン等の連中のテレビはほとんど見ないので、こうした言葉の創生は知らなかったが、使われているのは勿論知っていた。
松本は、これらの最初の使い手たちを執拗に捜し、最後はその多くが、江戸時代にあった言葉であることを突き止める。
ここで、面白いのは、意外にも「まじ」「みたいな」は、東京の言葉で、まじは、江戸末期の寄席芸人や遊里の遊女の言葉で、みたいなは、戦前の東京の映画人の言葉に語源があることであった。
確かに、まじは、山田洋次が松竹大船の監督連中の間で、「あいつはマジになんかなりやがって」と否定的に作品を批評する言語としてあったとあるテレビ番組で言っていた。
松竹大船、そして蒲田撮影所は、戯作者的、落語的ユーモアやウィツトを最高としたので、寄席芸人の言葉が撮影所で使われたのも、当然だろう。
みたいなは、戦前に監督の亀井文夫や市川崑の言説にあったそうだとは、極めて意外だった。

おかんに代表される関西の特に大阪の下層社会のごく一部で使われていた言葉が、特定の若手芸人の口によって全国の若者に広がったいって言ったのは極めて興味深い。
なぜそのようなことが起きるかと言えば、言うまでもなくそれがカッコいいからである。
そして、このことはアメリカにおける黒人の隠語、スラングが全国的になったことととても良く似ている。
その典型は、ジャズである。
ジャズは、JAZZと表記されているが、かつてはJASSなどもあり、要は音からできた言葉だった。

そして、それはセックスを意味する黒人の隠語で、そこから少し他とは違うカッコいいことや表現をジャズというようになったのである。
日本で言えば、古川ロッパが始めたという「イカス」であろうか。
これも言うまでもなく、最高のセックスの状態である。
ロックやロックン・ロールがセックスそのものであることは、言うまでもない。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする