『黒い潮』

今までに、2回見ているが、今回じっくりと見て結構面白かった。
1954年6月に日活が製作を再開した時に、5本目に作った作品である。
監督に山村聡、女優に津島恵子と左幸子を迎え、その他滝沢修、芦田伸介、下元勉、東野英治郎、千田是也、青山杉作らの新劇人、石山健二郎の新国劇を入れての大作である。
逆に言えば、当時は日活に役者がいなかったということでもあるが。

話は、昭和24年7月に起きた、国鉄の下山総裁が、鉄道への飛び込み死体で発見された「下山事件」を題材とし、それを自殺とした毎日新聞のデスク山村聡を描くもの。
勿論、毎朝新聞となっているが、当時有楽町駅前にあった毎日新聞本社でも撮影されており、中から外を見る画面も出てくる。
この映画が優れているのは、やはり菊島隆三の脚本で、何度も自殺説が真実の証拠が出るが、その度に否定され、他殺説に敗れ、さらには新たに三鷹事件も起きて、最後山村聰は福岡に左遷されてしまう。

当時、新聞各社の中で、毎日新聞のみが自殺説で、他紙は扇情的に他殺説を煽り立てて、毎日は孤立した。
後に、それをさらにひっくり返したのが松本清張の「米軍謀略説」だが、これは状況証拠は多いが、私はほとんど「とんでも説」だと思う。
なぜなら、松本清張が言うように、下山総裁が、国鉄の合理化、大量首切りに賛成でなかったとしても、わざわざ占領軍が殺す必要はなかったはずだからである。
もし、GHQが下山総裁を邪魔だと思えば、首を切れば良いだけであり、その程度のことは占領軍は楽にできたのである。

むしろ事件当時、自殺説ではなく、他殺性が主流となったのは、日本共産党をはじめとする反体制勢力の大きさと恐れもあるが、それ以上に国鉄総裁という地位の重さがあったと私は思う。
下山は、戦後に国鉄が発足しての初代総裁であり、今とは比較にならないほどの重要なポストだった。

だから「そういう偉い人は、自殺するようなノイローゼのようにはなるはずがない」という先入観があったと思う。
だから、誰かに殺されたに違いないという他殺説になったのだと思う。
今なら、どんなに偉い人でも精神的に参ることはいくらでもあり、自殺も別に不思議ではないと納得するのだろうが。

この作品のチーフ助監督は、鈴木清順で、彼自身はこうした問題作には気が乗らなかったらしいが、こういう自分とは本来無関係な作品でも付いていたことが昔の撮影所システムの良いところである。
チャンネルNECO

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