「平和ボケ」が日本柔道敗北のもと?

先日、友人とオリンピックについて話していて、「日本の柔道がダメなのは、その由来にあるのでは」という結論になった。

よく知られているように、柔術、剣術などの武道が出来上がったのは、江戸時代の中期頃で、戦国時代が終わり、日本が平和になってからである。
『甲陽軍鑑』などの兵法書には、謀略やだまし討など、卑怯な方法で勝つことも肯定されていたことは、佐伯真一の本『戦場の精神史』(NHKブックス)に詳述されている。
本当に死ぬか生きるかの戦いの時では、卑怯もなにもなく、要はどうでも良いから勝って生き残ることが第一だった。
かの宮本武蔵の戦いも、よく考えると、吉岡一門との決闘に見られるように、結構汚い手も使っている。
それが戦場の常識だったのである。
だが、江戸時代以降の平和な時代になると、卑怯な方法で戦うのは、仇討ちに代表されるように、「戦いの連鎖」を生む原因にもなるので否定されるようになり、戦闘は正々堂々と戦うことで、どのような結果になっても、双方が納得できるモノに変化してゆく。

柔道に代表される日本の武道の「正々堂々の戦い」や「礼儀」等は、後の平和な時代になってから言われれるようになったことである。
柔道は「礼に始まり、礼に終わる」などと言われ礼儀や、一本勝ちに代表される形の美しさが必要と思うのは、江戸時代以来の平和愛好国民の日本人の特性にすぎない。
いまも民族紛争等を抱えている世界中の多くの国の人間にとっては、「どうでも良いから勝つことが重要」なのであろう。

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