『汚れた心』

1945年8月15日に、太平洋戦争は終わった。
だが、日本の裏側のブラジルの日系社会では、もうひとつの戦いが始まっていた。
戦争に勝ったのは日本なのか、アメリカなのかという、今考えれば信じがたい戦いである。
ブラジルは、一応中立だったが、どちらかといえば連合国側で、日本人移民たちは、ラジオを聴くことも禁止され、日本語新聞もろくになかったので、大都市以外の地方に住む日系人には、情報はまったく行き渡らなかったのである。
そこで、日本が勝ったという大多数の人間を「勝ち組」(信念派)と呼び、勝ったのはアメリカで、日本は負けたのだという現実を認識していた人を「負け組」(認識派)と呼んだ。
近年、日本で言われている勝ち組、負け組とは全く逆の意味である。

現在から考えれば到底信じられないが、「日本がアメリカに勝ったのだ」というニュース・フィルムがブラジル奥地の日系社会で、活弁付きで巡回上映されていたことは、細川周平の本『シネマ屋、ブラジルを行く』にも書かれている。
さらに、「戦勝国日本の船がブラジルに、日本人移民を迎えに来る」との偽の噂で、農地を売り払ってサンパウロ港にきた人も多数いたのである。
そして、ついには勝ち組の連中が、負け組を、「非国民、国賊」と呼び、殺害する事件まで起きる。

この映画は、そうした事件をもとにし、勝ち組の一員となって日本人を殺害することになる写真屋の伊原剛志を主人公にしている。
ブラジルの現地で撮影されており、作品としては悪くないが、全体にエピソードの描き方がやや不十分のように思う。
ミズリー号上での無条件降伏の調印式の「日本戦勝」のキャプションを付したインチキ写真の複製も、農地を売って港に行く移民家族についても、それぞれは一挿話として出てくるが、こうした事実の全体をよく知らない観客には、なんのことかよく理解できなかったのではないだろうか。
勝ち組を扇動する元軍人らしい中佐を奥田瑛二が演じていて、その狂気はかなりよく表現されていると思う。
奥田は、タイトルを見ると制作資金も出しているようだ。
1947年頃までには、この戦いは終わるが、今でも日系社会では、あまり触れられないタブーになっていると聞いたことがあるが、多分本当だろう。
黄金町シネマ・ジャック

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