『ミリオン・ダラー・カルテット』

1956年12月4日、メンフィスのサン・レコードのスタジオに4人の男が集まった。

ジェリー・リー・ルイス、カール・パーキンス、ジョニー・キャッシュ、そしてエルビス・プレスリーである。
それぞれが、オーナーのサム・フィリップスに対して別々の用事があった。

エルビスは、マイナーのサン・レコードからニューヨークのメジャーのRCAに移籍していたが、そこでの周囲の環境に悩んでいた。
前年にデビューしてスターになっていたジョニー・キャッシュは、コロンビアと契約したことをサムに言いに来た。
カール・パーキンスは、新曲のレコーディングを準備していて、つい最近デビューしたばかりのジェリー・リー・ルイスは、その奇態な言動をカール・パーキンスに見せて笑われている。

特にドラマチックな展開はなく、彼らの持ち歌が披露される形で劇は進行する。
一人のスターの成功物語なら、ドラマチックな展開ができるが、4人ではやりようがなかったからだろう。
実際に4人が、どのようなドラマをここで繰り広げたかは分からない。
多分、セッションだったので、特別な劇は生まれなかったと思う。
役者が、楽器も演奏し、歌も歌うが、実によく似ていて皆大変上手い。

ただ、これを見て一番気づいたのは、本物のエルビス・プレスリーは、異常に歌が上手いことであり、そのためプレスリーを演じた役者はかわいそうだった。
その意味では、性格が突出して、際立っているジェリー・リー・ルイスとカール・パーキンス役の俳優は得をしている。

さらに、このミュージカルでわかったのは、ロックは、言うまでもなく黒人音楽と白人音楽が融合してできたのだが、もう一つキリスト教の強い禁圧の下でこそ生まれた音楽だということだった。

4人の大スターもサム・フィリップスも、ロックは「悪魔の音楽」だとキリスト教徒らのアメリカ社会の保守派から避難され続ける。
彼らは、そのことの意味と魅力をよく知っていた。

元々ロックは、ジャズやジャイブがそうであるように、言うまでもなくセックスを意味する黒人の隠語である。
そこからカッコ良いことの表現としてロックが生まれたのである。

4年前に、ロンドンでやはり伝説のロッカー、バディ・ホリーの伝記ミュージカル『バディ』を見て、その役者たちのレベルの高さ、芸の達者さに驚いたが、これもアメリカの芸能界の底の厚さを見せ付けられる作品である。
渋谷シアター・オーブ

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