『天地明察』

江戸時代初期に、日本独自の暦を作った岡田准一が演じる安井算哲の苦労話で、少し長いが良くできている。
当時日本で使われていた暦は、800年前の唐時代のもので、日・月蝕などが、暦と実際の事象との違いがひどくなっていて、庶民の生活にも影響が出ていた。
安井は、碁打ち、当時から言わばプロの棋士がいて、彼らは武士に教えたり、天覧試合で生計を立てていた。
彼は、本因坊とも戦う高段者だった。
だが実は空の星を見るのと、算術が好きで、寺社に奉納された和算の設問を解くのが趣味の変わった男。
その和算の相手が関孝和で、市川猿之助が非常に上手い。
この碁と和算の件が長くて、肝心の正しい暦を作るために、会津藩主保品正之の松本幸四郎から命じられて、岸部一徳や笹野高史らと日本全土の測天の旅に出るまでに1時間かかり、この辺が少しもたもたしている。

旅の歩き方が、予告編で岸部一徳が奇妙に足を高く上げて歩いている。
当時の日本人は、左右交互に手と足を出すのではなく、手と足を左右同時に出す、「ナンバ」という歩き方だったので、変だなと思っていた。
ところが、これは万歩計のような木製の「測歩計」を腰に付け歩いた距離を図るためにやっていることだった。
なるほど。 

測量から実際に暦を作る段になると、山崎闇斎(白井晃、好演)が出てくる。
山崎の名は、神道家と記憶していたが、暦術は、陰陽道や神道とも深く関係があったのだ。
算哲や闇斎の長年の苦労で、日本に合った正しい暦ができるが、暦の変更は天皇の専権で、そこには公家が介在していて、様々に妨害してくる。
暦が天皇のもので、公家が実験を握り、それを暦として紙に刷って作る経師屋が大変な利権だったことは、溝口健二が映画化した『近松物語』、近松門左衛門の浄瑠璃『大経師昔暦』で有名だろう。
本来、農耕神である日本の天皇は、農業に最も影響のある暦は、その所掌する業務の最も重要なものの一つだったのである。

どちらが正しい暦なのか、勝負として、従来のものと算哲らが作った暦を並べて競うことが公開の場で行われ、算哲らは正しく日食を予測して賭けに勝つ。
こうした勝負事、賭けは江戸時代に大変盛んに行われたもので、香道でも賭け香が行われたそうで、ついには幕府によって禁止されたそうである。

その後、安井算哲らの歴は、貞享歴として正式に採用され、彼はその名を渋川春海と改めて、幕府の初代の天文方になる。
江戸時代が、いかに文化の高い、成熟した社会であったかがよくわかる秀作である。

ただし、初めの方で、岡田准一らが食事をするが、誰もきちんと箸を持てないのには驚いた。
まあそうんなものだろう、この世代の連中は。
途中では、岡田は仕方がないのか、握り飯ばかり食べ、箸を持つシーンがなくなっている。
また、結婚する妻役の宮崎あおいが、着物で帯揚げをしていないので、「これは」と思って調べると、帯揚げは江戸末期から始まったもので、この時代はしなかったとのこと。
どうでも良いが、この作品もアカデミー賞に出されると、宮崎あおいは、実に変な顔の女優と思われるだろうね、欧米人に。
東宝シネマズ上大岡

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コメント

  1. 天地明察  監督/滝田洋二郎

    【出演】
     岡田 准一
     宮崎 あおい
     松本 幸四郎
     中井 貴一
    【ストーリー】
    代々将軍に囲碁を教える名家に生まれた安井算哲は、対局よりも星と算術に夢中になり、時間を忘れてのめり込んでしまう事もしばしばだった。ある日、会津藩主の保科正之から日本全国で北極….