寝なかったサイレント映画2本

私は、ホラー映画が苦手でほとんど見ないが、もう一つ苦手なのがサイレント映画である。

見ていて、音がないので、どうしても眠くなってしまうのである。先日も、松竹最初の作品、『路上の霊魂』を見たが、半分以上は寝てしまい、筋がわからなくなったが、クリスマス・パーティーに八木節の連中が出てくるのがおかしかった。

だが、八木節は明治30年代に群馬でできたもので、大正時代は大人気だったので、この映画は正しいのである。

先週の土曜日に、田坂具隆監督の『愛の町』と溝口健二監督の『ふるさとの歌』の2本のサイレントを見たが、これは眠らずに見られた。

田坂のは、母が死んで故郷の鉱山町に戻ってきた夏川静江が、偶然のことから社長南部章三の秘書になる。社長は意固地で冷酷な経営をしていて、従業員もひどい状況にある。

ある日、火事が起きて、その時、社長は夏川の示唆で、工場の人間を救うことになり、工場も無事再建され、夏川が実は昔自分が捨てた妻の子供、つまり娘であることが分かり、めでたしめでたしのエンド。

これが面白いのは、脚本が山本嘉次郎であることで、原作は外国ものらしいが、話のメインは、恐らく足尾銅山事件がヒントになっていると思われる。

こうした山本のヒューマニズムは、『綴方教室』にもあり、それは黒澤明の『生きる』『七人の侍』などにもつながることになると思う。

溝口健二の『ふるさとの歌』は、文部省の委嘱で作られたもので、農村で自立に頑張る青年の話。

役者が知らない人ばかりだが、成績優秀だったが家が貧しく農村にいる主人公は、農業の再興に奮闘している。

そこに都市の大学に進学した連中が来て、ダンスや音楽を広め、青少年はそちらに行きそうになる。

だが、主人公の頑張りで、モボ連中も改心して農村再建に努力しようとなる。

言わば、農本主義的思想だが、昭和初期の農本主義の先取りした作品とも言えるだろう。

いずれにせよ、こうした日活の真面目で少々暗い正統的な現代劇は、山本嘉次郎を経て、東宝の黒澤明に流れ込んだものだと思う。

日本映画の流れを再認識させてくれる貴重な作品だった。

フィルムセンター

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コメント

  1. なご壱 より:

    Unknown
    「愛の町」の社長役は、三桝豊です。
    この当時の夏川静江は、後年の母親役が考えられないほど、ブルジョワお嬢様が似合っていました。

  2. ありがとうございます
    社長が三桝で、夏川の相手役が南部なんですね。
    見明凡太朗が適当な会社幹部で笑えました。