『限りなき前進』

今回の日活特集でも特に見たかった1本で、小津安二郎の原案、八木保太郎の脚本、監督内田吐夢。

主演は小杉勇、妻は滝花久子、娘は轟夕起子、隣家のボンボンは、江川宇礼雄。

杉並に住んでいる高齢サラリーマンの小杉勇は、家を新築し、娘を嫁にやり、中学生の子も大学に行かせ明るい家庭を夢見ていた。

だが、勤務していた商事会社では55歳定年制が敷かれ、小杉も該当してしまう。

愕然として小杉は、翌日から寝込んでしまい、10時過ぎに会社に来ると、同僚を料亭に招待するなど奇態な行動をとり、家族が迎えに来る。

狂気になってしまったのであるが、この映画後半の小杉が狂気になった部分は、彼が夢見る明るいシーンのみが上映される。

暗い現実の部分は、戦後の再上映の際にカットされてしまい存在しないからである。

この再上映が行われたのは、戦後日活が主にアメリカ映画等の興行のみをやっていた時のことで、当時満州にいた監督の内田吐夢とは無関係なことだった。

帰国した内田吐夢は激怒し、上映を差し止めさせた。

だが、フィルムセンターは、彼の死後遺族の了解を得て、カットされた部分を字幕で説明して不完全だが上映版を作ることになり、今回もそのフィルムだった。

昭和12年の作品だが、今日の高齢化時代を先取りした内容であり、小津安二郎の『東京の合唱』の発展でもあり、小津の遺作『秋刀魚の味』でも題材とされた第二の人生の問題だとも言える。

また、狂気に陥った小杉勇が夢見るシーンの中での、娘轟夕起子の嫁入り場面は、戦後の小津の『晩春』や『秋刀魚の味』の原節子や岩下志麻の嫁入りのところと同じでもある。

ともかく、この時期の日本映画、大衆文化のレベルの高さを見直した。

小津安二郎、内田吐夢、山中貞雄らの作品は、戦前の日本映画のピークだったことは間違いない。

だが、この作品の主人公の小杉勇らは、実は狂気になるのではなく、戦争という時代の狂気に巻き込まれていくことになるだろうが。

大映で末期まで老人役で出ていた見明凡太朗が、小杉勇をロートルと馬鹿にする若手社員で出ていたが、実際は小杉と2歳違いなのだそうだ。

小杉勇のラストの『さんさ時雨』がすごいが、彼は民謡研究の大家でもあった。

フィルムセンター

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