『土』

1939年、日活多摩川が製作した戦前のリアリズム映画の傑作だが、完全版はなく、近年に東ドイツ、さらにソ連で発見された、ラストシーンのみがないほぼ完全版によるもの。

原作は長塚節の小説で、脚本は八木隆一郎と北村勉、撮影は碧川道夫、監督は内田吐夢。

北関東の貧農小杉勇の一家の話で、妻を亡くし、娘の風見章子とどんぐり坊や、それに祖父の山本嘉一と暮らしているが、小作人で地主から土地を借りて田畑を耕作している。

明治時代のことだが、信じがたいほどの貧乏で、朝は、ご飯に味噌汁をかけるだけのネコ飯で終わり。

小杉勇は、元は地主の家にいた作男だったらしく、奥様の村田知恵子は、目をかけているが、農作業は過酷で厳しい。

小杉勇と風見はただ黙々と農地で働く。

農村の四季の行事も織り込まれたまさにリアリズムの作品で、小杉は相当に吝嗇な男で、祖父の山本嘉一にはろくに食事も与えず、山本は自分で藁細工などをして小銭を稼ぎ、近所の人からもらった蕎麦粉で、そばがきを食べるのが最大のご馳走である。

小杉が、父山本嘉一に辛く当たるのは、借金を作ったかららしいが、理由はよくわからない。

だが、この時代、老齢化し、農作業ができなくなれば、即穀潰しで、深沢七郎の『楢山節考』のように余計者として、家族と村から除去されるのは、ある意味で当然のことだった。

そうでなければ生産者までが共倒れしてしまうからである。

その意味で、今はきちんと年金があり、老齢でも自分の金で生活できるのは、社会の進歩であることは間違いない。

この作品の農民と農村のリアリズム描写は、戦後の今井正の名作『米』や今村昌平の『にっぽん昆虫記』になっていて、そこではこの『土』が描いていないセックスが赤裸々に描写されてセンセーショナルな話題になった。

また、この農作業のリアルな描写は黒澤明の『我が青春に悔いなし』での原節子の異常な頑張りのシーンになったと言えるだろう。

その意味でも後の諸作品に大きな影響を与えた映画である。

最後、火の不始末から山本は家を焼いてしまい、彼は家にいられなくなり、村の講中の小屋に起居するようになる。

そこに、村長らしい見明凡太朗が来て強く叱る。

本当は、小杉勇も山本嘉一を許して和解し、同居することになるようだが、その映像はなく字幕で説明される。

確かに名作である。

この小杉勇らの貧農は、その後どうなったのだろうか。

戦後の農地解放を経て、自作農になり、自民党を支える強靭な層になるのだが、その典型が鈴木宗男と言えであろう。

フィルムセンター

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コメント

  1. Unknown
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  2. なご壱 より:

    Unknown
    確かに名作です。 山本嘉一は、小杉勇と血のつながりがない舅なので つらく当たっていると思います。