「図書館の今後についての共同声明」について

上記の共同声明が、児童文学者協会、児童文芸家協会、推理作家協会、文芸家協会、ペンクラブによって出されたらしい。先週、読売と毎日新聞、今週は共同通信系でも配信された。
これが実に奇妙なもので、

1 図書館予算の増大
2 専門的知識を持つ図書館職員の増員
3 国家または公的機関による著作者等への補償制度の確立

となっている。
なぜ、こんな「余計なお世話の声明」を出したのだろうか。
理由はただ一つ、3の「国家による図書館の貸出被害への補償をせよ」ということだ。
その理由として、欧州など先進国では文芸文化を守る観点から図書館貸出被害への補償制度がある、とし、これを日本でも作れとしている。
確かに欧州には、「公共貸与権」制度がある。
だが、これは始まりが欧州でも北欧であることに象徴されるように自国・少数言語文化の保護政策(多分に反ソ的な自国言語保護政策)であり、別に図書館貸出被害の補償政策ではない。
その証拠に多くの国では、自国言語だけに適用を制限したり、翻訳との間に差を設けたりしている。

大陸から隔てられている日本とは異なり、欧州では文化・芸術も常に国境を越えて流通し、自国文化保護・育成は、各国政府の重要な課題である。
それに比べ日本では、隣国の韓国、台湾、中国等の文化・芸術が日本に流入し、日本文化を駆逐する、といった事態は恐らく数十年間はないのだから、保護政策は必要ないのは当然である。
韓国映画がやや日本市場で増大しつつあるが、文学・言語ではその兆候すらない。今後も当分ないだろう。
だから、公共貸与権は必要ないのである。

第一、義務教育教員給与や生活保護費といった当然、本来国が負担すべき費用まで、地方に負担させようとしている財政難の今日、国や地方にそのような財源がある訳もなく、絶対に出来ない制度である。
こんな簡単なことすら理解できない程、作家は、現実を知らない空想家ということなのだろうか。

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コメント

  1. 生ける屍 より:

    日本は本当は「財政難」ではありません
    >国や地方にそのような財源がある訳もなく、絶対に>出来ない制度である。

    上記の提案の是非は別として、「財源」はあります。
    なぜなら、「財政難」を切り抜ける方法はいくらでもあるし、元々がその「財政難」自体が、80年代から
    行革(構造改革)を進めるために政治的事情で喧伝された「嘘」であるからですよ。
    ※「嘘」に基づいた政策を行ううちに、本当に日本全 体の景気が悪くなってきたので困るわけですが。

    このブログの趣旨とは全く無関係になりますが、以下のサイトやURLをご覧ください。

    (財政政策派)「経済コラムマガジン」
    http://www.adpweb.com/eco/
    (金融政策派)「余は如何にして利富禮主義者となりし乎」
    http://bewaad.com/archives/themebased/reflationfaq.html

    ブロダ&ワインシュタイン「日本の財政の持続可能性の再評価:陰鬱な科学による楽観的予測」(要約)
    http://bewaad.com/20051010.html