『日本暗殺秘録』

1969年、笠原和夫の脚本で、中島貞夫が監督した東映京都作品。
よくこのような映画を作ったと思うが、当時京都に渡辺達人という人がいて、その方の企画だったらしい。
大変なオールスターキャストで、鶴田浩二、高倉健、若山富三郎、藤純子、田宮二郎、吉田輝男まで出ている。
桜田門外の変の井伊大老暗殺から始まるが、中心は千葉真一の小沼正と、片岡千恵蔵の井上日召である。
網元の息子だったが、上京して働いていたカステラ屋(小池朝雄)は、警察の営業許可の嫌がらせで倒産してしまう。
食品製造、営業、さらに理容・美容、あるいは公衆浴場、興業場等の許可は、今は保健所の許可になってるが、戦前は警察がやっていたことを改めて知った。
こうした行政行為は「警察許可」というが、その語源はまさしく実態にあったのだ。
故郷に戻った小沼は、田舎で鬱々としていたが、友人に誘われて井上日召の塾に入る。
そして、海軍の田宮二郎が演じる藤井中尉らとの交友から急激に政治的変革への志向を強める。
陸海軍では、次第に政治への参画が強まり、陸軍内部の闘争からは、永田軍務局長を高倉健の相沢三郎が惨殺する相沢事件などが起き、ついに2・26事件になる。
この中心は、磯部浅一を演じる鶴田浩二だが、笠原和夫の本『昭和の劇』を読むと、2・26事件は、「壬申の乱」であることが書かれている。
秩父宮が事件の黒幕との噂は昔からあったが、その原因は、大正天皇は子供ができず、と言うよりも作らせなかったのかもしれないが。
そのため、昭仁・昭和天皇の他、秩父宮、三笠、高松とすべての宮の父親は違い、それゆえの兄弟の争いだったとのことである。
昭和天皇の婚約の際の「宮中某大事件」も、秩父宮を天皇に擁立しようとする側の陰謀だったそうだ。
笠原和夫は、資料のみならず、多数の生存者から聞いて書いているので、嘘ではないのだろう。
思えば、昭和天皇が、2・26事件が起きた時に激怒した理由もよくわかる。

だが、磯部以下の連中は、天皇の周辺にいる宮中の取巻き(君側の奸)は、「欧米派でけしからん」と思って蹶起したわけだが、昭和天皇は、明らかに西欧派であり、軍部以下の日本派とは相容れないものだったことが、彼らの悲劇の基である。
総じて言えば、戦前、戦中の日本の悲劇の根源は、言うまでもなく貧困である。
今、格差社会と言われているが、戦前はそのような生易しいものではなく、絶対的貧困があった。
カステラ屋時代に千葉に思いを寄せていたが、工場の倒産でカフェーの女給になる藤純子は、
「デタラメな世の中なので、デタラメに生きなきゃ損という人もある」と言うが、昭和初期はそうした時代だった。
川崎市民ミュージアム

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