『ブルーバ』

1955年に大映が作った和製ターザン映画。大映は不思議な会社で、社内に洋画部があり、英語に堪能の職員がいたそうだ。

私が、パシフィコ横浜にいた時、ある女性職員がいて、噂では、彼女の家ではみんな英語で話しているとのことだった。

父親は、一橋大を出て、経済団体の幹部職員で、母親は津田塾大を出て、大映洋画部に勤務していたとのこと。

一度飲んだ時、その話を聞き、「世の中には、そんな家があるものだ」と思った。

ただ、よく聞くと、家の中で英語で話していたと言うのは、転勤で海外勤務になる直前のことだったらしい。

一度、保土ヶ谷区の彼女の家に送って行った時、玄関に出て来たおばあさんは、普通の人で安心した。

外国映画の輸入(ディズニー作品は、当時は大映洋画部の配給だった)、あるいは合作を手掛けていた大映の和製ターザン映画である。

「ブルーバ」と言うのは、アフリカのケニアにいた日本人の遺児で野性児のジョウ(浜口喜博)が、動物に叫ぶ時の声であり、ターザンの叫び声と同じである。

                   

20年前に学術調査でアフリカで姿を消した友人夫婦を探して、見明凡太郎と娘の八潮悠子が、ケニアに来る。

友人夫婦は、すぐに死んでいることが分かり、見明の本当の目的は、「光る山」、つまりダイヤモンドの山を探してのものであることが分かる。

ダイヤモンドの山が光るものなのだろうか、原石を研磨しないとダイヤも光らないと思うのだが、遠景で光る山も出てくる。

ハリウッドの「ターザン映画」のセットを使ったとのことで、結構アフリカらしい風景が出てくる。

お定まりの、八潮悠子が、皮製の水着になるところもあり、アフリカになぜ突然皮製の水着があったのか、などと疑問を持ってはいけない。

要は、「ターザン映画」のお約束事なのである。

土人、人食い人種、などの台詞が続出し、現在では普通には上映、公開できないだろうが、当時の日本人の途上国への見方がよく分かる。

最後、ジョンを日本に連れて行き、人間教育を施そうと八潮は思い、全員がボートで川を下る。

すると、ジョンは川に飛び込み、動物たちと生きることを選ぶ。

続いて八潮も水に飛び込み、二人はアフリカで生きることを示して終わる。

音楽は当然伊福部昭で、きちんとアフリカの民俗音楽を使用しているようだ。

監督は、サイレント時代からのベテラン鈴木重雄で、『何が彼女をそうさせたか』の名作があるが、戦後はやや不遇だったようだ。

浜口は、ジョニーワイズ・ミラーと同じ水泳選手で、八潮は宝塚出身の大映の女優で、脇役が多く、主演はこの映画くらいだろう。

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