日活ロマンポルノの源流は今村昌平であることを再確認した

一昨日、新文芸座では『銭ゲバ』と同時に西村昭五郎監督のデビュー作『競輪上人行状記』も見た。多分、3回目で、前に見たときに次のように書いた。

東中野のポレポレで「小沢昭一特集」をやっているので、見に行く。
これも昔見ていてかなり面白かった記憶があるが、上映されることが少ない。
何しろブラック・ユーモアと言うか、その中身が凄いのだから。
死んだ犬を焼き鳥屋に下ろして稼いでいるので「犬寺」と言われている小沢昭一の実家、実の父娘との近親相姦、知的障害者の少年など。
第一に、舞台となる東京都江東区大島地区は、在日朝鮮人等が多くいたエリアであり、東京でも最も貧困な地域の一つである。
絶対にテレビでは、放映できない映画であり、そのために映画館でも余り上映されないのだろう。
だが、話はとても面白い。
寺の「葬式坊主」生活を嫌って中学の教員をしていた小沢昭一は、長兄、さらに父親の死によって寺を継ぐことになる。
偶然松戸でやった競輪で大穴を当てたことから競輪にのめり込み、寺の本堂改築の寄付金まで遣ってしまう。
最後、寺の土地もヤクザに取られそうになるが、これが最後と突っ込んだ川崎競輪場での30万円で大穴が当たり、すべての借りを返す。同じレースですべてをすってしまい服毒自殺する女が渡辺美佐子。
だが、小沢は結局、住職にはならず、教え子の伊藤アイ子と共に、東京から逃げるように東北に去って行く。
5年後、小沢の義兄で、宗派の幹部に出世していく高橋昌也は、田舎で僧呂姿の小沢と偶然再会する。
どこか、田舎の寺の住職にでもなったのか、と思わせるが、本当は・・・。
これは書かない。
大爆笑の結末。
伊藤アイ子は、少女歌手で『忘れないわ』のヒットがあり、上手い歌手だったが、大スターにはなれなかった。
その後、ロマンポルノ時代になり、多数の作品を量産した西村昭五郎(確か最多本数のはず)の監督デビュー作だが、ブラックユーモアが堀久作社長の逆鱗に触れ、2年間干されることになる。
原作者で、後にキック・ボクシングの解説で有名になる寺内大吉が最後のシーンに特別出演している。
脚本は今村昌平と大西信行。

                    

 脚本に今村昌平が参加していることに現わされるように、この西村昭五郎は、今村昌平の影響を強く受けていると思う。

1971年に日活がロマンポルノを始めた時、1作目は西村昭五郎監督の作品『団地妻・昼下がりの情事』だった。

私は、西村昭五郎の他、曽根中生、小沼勝と言い、今村昌平と鈴木清順の存在が日活ロマンポルノを生んだと考えている。

ほぼ同時期に東映もニューポルノを始めたが、結局続かなかった。それは東映に今村昌平や鈴木清順のような、性的アナーキズムを内に秘めた先達監督がいなかったからだと思う。

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