『アカデミー 栄光と悲劇』

映画『カルメン』で、最初に黒人のアカデミー主演女優賞候補になったドロシー・ダンドリッチの伝記映画。
実際、その時(1955年)は『喝采』のグレース・ケリーに取られてしまうが、候補になったこと自体が50年代のアメリカでは大変なことだった。

ドロシーは、女優というよりはジャズ・シンガーで、私はビデオで見て、その可愛いのに驚いた記憶がある。
日本で言えば、浅丘ルリ子によく似ている。

シンガーでデビューした彼女は、タップ・ダンスの名手ニコラス・ブラザースのハロルド・ニコラスと結婚し、子供(知的障害者だった)も出来るが離婚する。
新進女優として、彼女の他、エバ・ガードナーとマリリン・モンローがいるパーティが出るが、本当に会っているのだろうか。

彼女が、最初の総黒人ミュージカル『カルメン・ジョーンズ』の主役カルメンをかち取る。
その裏には、監督オットー・プレミンジャーへの、彼女の強力な売込みがあり、彼とは事実上の夫婦関係にまで行くが、正式な関係にはなれない。
プレミンジャーとドロシーがそんな関係だったなど、初めて知った。
彼も欧州生まれのユダヤ人で、アメリカ社会の中で共感する部分があったのだろう。

『カルメン』で成功したものの、黒人への差別はひどく、ラスベガスのホテルのプールでは、片足で水を蹴っただけで、汚れたとプールの水を抜き、黒人作業員がブラシでコンクリを磨かせられる。
理解があると思って一緒になった辣腕マネージャーはドメスティック・バイオレンスで、散々な目に遭う。
最後、元の人の良い白人マネージャーと再会し、新たな仕事が入り旅立つ日に、彼女は薬の飲み過ぎで死んでいるのを発見される。

主演のハル・ベリーは、とても可愛く、歌も踊りもとても上手い。
アメリカ芸能界のすさまじさを実感させられる映画だった。

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