『戦艦大和』

佐藤純也監督の愚作『男たちの大和』ではなく、昭和28年に新東宝で制作されたもの。監督阿部豊、脚本八住利雄。
吉田満氏の著作『戦艦大和の最期』を原作とする名作。

実に淡々と描写が続く。
絶叫と臭い芝居が連続の『男たちの大和』とは、大違い。
音楽は芥川也寸志だが、実に控え目に鳴る。

主演は吉村大尉の船橋元。この人は、新東宝の数少ないスターで、倒産後はピンク映画を監督したりしたが、持病の糖尿病で早く亡くなられた。
生きていられれば、宇津井健のような活躍をされたと思う。

『戦艦大和』は、公開時に見て、大変興奮したのを憶えている。
最後の、戦闘場面は今見ると極めて冷静な表現だが、当時は大変衝撃的だったのだ。

ここでも大和は、「片道の燃料」で出撃したことになっている。それは嘘で「きちんと往復分の石油を積んで出た」という説もあるが、どちらが正しいのだろうか。詳しい方がおられたら、是非教えてください。

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コメント

  1. ほらさわ より:

    大和の沖縄出撃
    大和の片道燃料説ですが、現在のところ否定的な見解が多いようです。ただし定期航路と違い作戦行動中の艦船は、迂回行動や急激な速度の変化など燃料を大量に費消する活動がついてまわるので、それらを全て勘案した上での潤沢な燃料があったかどうかは疑問視されております。

    いずれにせよ、大和の沖縄出撃は当初から「特攻作戦」と位置づけられたことは確かですし、仮に沖縄にたどりついても浮かぶ砲台として戦闘するように計画されておりました。従って余った燃料があっても、それは沖縄での戦闘活動で全て費消することが明らかでしたので、母港である呉への帰還をなしえないという意味では片道説もあながち間違いとはいえないのかもしれません。

  2. さすらい日乗 より:

    ありがとうございます
    早速、ウィキペディアでも調べて見ましたが、必ずしも片道燃料ではなかったようですね。
    当時の日本の物量の乏しさから見れば、少ない方ではなかったと思います。

    歴史は正しく伝えられるべきだと思いますが、大和の片道燃料問題一つをとっても難しいものですね。