ふんどし祭りから『夫婦善哉』へ

ふんどし祭りとは、日活ロマンポルノの色情海女ではなく、1933年の木村荘十二監督の名作『あにいもうと』のことである。

これは後に成瀬巳喜雄、今井正によってもリメイクされるが、この木村作品には、他の2作にない、川人足たちの褌姿が冒頭の多摩川の河川工事に出てくる。

それは、まさにプロキノの幹部だった木村にとっての肉体労働の象徴であるだろう。だから、ここのラストは、初夏の川での工事に向かって親方の小杉義男らの人足が船に乗って勇壮に漕ぎ出すところでエンドになる。

さて、この『あにいもうと』もそうだったが、森繁久彌の『夫婦善哉』も、映画館で見るのは初めてだったが、森繁の演技の上手さを堪能した。

また、ここに出てくる昭和初期の風俗が非常に興味深い。淡島千景の蝶子の親父がやっている、大阪の下町の10銭天ぷら、自由軒のライスカレー、地蔵盆の子供たちの盆踊りののんびりした調子、『涙の渡り鳥』や『道頓堀行進曲』、大型の電蓄が置かれている蝶子が出したカフェーの和洋折衷の内装、さらに森繁の実家の船場の維康商店の品物の「クラブ化粧品」など、まさしく昭和初期のモダン大阪の風俗である。この時期、ジャズなども大阪や神戸の方が進んでいて、本当にモダンな風俗があったのである。

戦争も、お国のことにも関係なく、自分の好きなことだけやっているボンボンの柳吉は、今で言えば非常にハイカラで進んだ男であり、女の心のわかるフェミニストだと言えるだろう。

中気で半身不随になっているが、容易に森繁の柳吉を許さず、財産を渡さない頑固おやじ、さらに妹司葉子の婿になった山茶花究に当たり散らす場面は、本当に森繁の独壇場である。

さらに、完全に維康家に戻れないと知ってガス自殺を図った蝶子が柳吉の発見で命を取り留めた時の新聞記者等への悪態も実に上手い。

だが、結局は弱い男で、蝶子に頼って行くしかない、「頼りにしてまっせ、おばはん」の名台詞。

これはよく考えてみれば、戦中から戦後、そして今に続く日本の社会での女性の強さの象徴であるともいえるので花だろうか。

そうした女性の強靭さに甘えつつ、自分のしたいことを実現するというのが森繁が演じてきた役であり、それは現在の日本の男女の姿だともいえるだろう。

この作品については、準備段階で有馬稲子がキャステイングされていて、彼女はその気になっていたが下ろされて、淡島千景になったという有名な事件があった。

有馬稲子から見ればひどい話だが、客観的に見て、有馬稲子では、蝶子には若すぎたと思う。

当時、20歳の彼女を「おばはん」とは言えないだろう。

その証拠に、後に淡島千景と有馬稲子は、渋谷実の名作『もず』で、母娘を演じるのだから。

阿佐ヶ谷ラピュタ

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