『大阪の宿』

テレビで昔見たことがあり、1955年の五所平之助監督の新東宝映画で、いい作品だと思っていたが、今回見て本当に傑作だと思った。

最初に、新東宝創立7周年映画と出る。保険会社のサラリーマンの佐野周二・三田は、東京で上司を殴って左遷されて大阪支社に来る。

友人の細川俊夫と居酒屋で下宿先探しを話していると、隣の親父・藤原釜足が「土佐堀の酔月荘がいい」と言う。

行くと、なんと藤原は旅館の呼び込みだった。

そこには、川崎弘子、水戸光子、左幸子、安西卿子らの女中がいて、女将は三好栄子である。この程度の店に多くの女中がいるのは変だが。さらに、南地新地の芸者乙羽信子も出てくるなど、五所得意の女性映画である。

三好は、老舗の旅館であることを誇りにしていて、連れ込み客は入れない。

だが、時代の変化(常に不景気だと言っている)で、左幸子は、佐野と同様に会社の重役だというのになぜか泊っている多々良純に身を任せ、安西も生活苦から多々良に売春してしまう。

佐野は、街角できれいな娘に出会うが、彼女は彼の大学の先輩で、温厚な経営者北沢瓢の娘であることがわかる。この女優は、東宝の女優の恵みち子で、1960年代のアイドル恵とも子の母親だと思う。

恵とも子は、池上にいて、母は「K美容室」をやっていたが、多分恵みち子は、米国人と結婚して恵とも子を生み女優をやめたのだと推測する。

乙羽は、佐野が好きで、佐野は、女中たちの誰からも愛好されるが、結局誰とも結ばれない。

その理由を佐野は、乙羽といい感じになった時に言う。

「君とは住む世界が違うんだ」

原作の水上滝太郎は、明治生命保険創立者阿部家の息子で、慶応大学を出てサラリーマンと作家の二足の草鞋を履いた人で、だから、佐野が三田というのは作者たちの洒落である。

最後、佐野は、上司の支店長や社長、さらに多々良純などが組んで匿名組合を作って不正な儲けをし、その余波で北沢瓢を破産・自殺させたことを知り、彼らを乙羽信子と一緒になって料亭の座敷で非難したことで大阪支店を追い出されてしまう。

再度、東京に戻ることになり、乙羽、水戸、川崎らは、すき焼きやで送別会を開いてくれる。

エンドマークで、佐野の乗る列車が走る土手の下で、安西はバタ屋で空き缶の処理をしている。生活保護だった父親が死に、一人で生きているのだ。

原作を読んでいないのでわからないが、水上にあるのは経営者でありながら、庶民、普通の人を理解し、協調していこうという考えだと思う。

戦前の日本映画には、内田吐夢の『限りなき前進』や、小津安二郎の『東京の合唱』のように、正義派サラリーマンの悲喜劇が出てくるが、これは、その戦後版だと言える。

音楽が芥川也寸志で、例によって打楽器の響きが続くが、有名なテレビの『赤穂浪士』のメロディーは出てこない。あれが出てくるのは、やはり五所平之助監督の1955年の『たけくらべ』が最初だと思う。

五所平之助は、戦前は松竹にいたが、戦時中に大映、東宝に移籍していた。そして戦後の東宝争議の時は、共産党ともく組合とも無縁だが、弱い者の味方という江戸っ子的な考えから組合側に付く。そしてスト解除の時は、スクラムの先頭に立ってスタジオを退去した。

小津は「そこまでしなくてもいいじゃないか」と言ったそうだが、小津も五所の心は理解していたと思う。

フイルムセンター

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