「双葉さんだけが否定的だった」

土曜日は、江東区の古石場文化センターで行われた、全国小津安二郎ネットワークの総会に行った。

講演は、佐藤忠男先生の『映画と形式』で、小津安二郎と溝口健二との作風、撮影法の違いで非常に興味深かった。

終わった後、私は2013年に『黒澤明の十字架』を出したときに、佐藤先生には、代官山ヒルズのトークイベントにゲストで来ていただいた。

その後、私も小津安二郎の『小津安二郎の悔恨』を出したので、持参してお話を聞いた。

その中で言われたのは、1960年頃、

「私たち、若手映画関係者は小津はもう昔の人だと思っていたが、戦前から見ている評論家では絶対だった。ただ、双葉十三郎さんだけが否定的でしたね」

「その理由は、サラリーマンは、あんなに卑屈なものではないと、自分もサラリーマン(住友本社)だった双葉さんは言っていましたね」 おそらく『生まれてはみたけれど』のことだと思う。戦前のキネマ旬報の投票は内訳がないので不明だが、そう思われていたのだろう。

戦前、映画評論家は、裕福な家の子弟が多く、サラリーマン生活を知らない人だった中で、双葉さんは、実際は違うと思ったのだろう。

双葉さんは、映画評論の他、テレビドラマの『日真な名氏飛び出す』の企画をされた方で、テレビ初期にはよく出ていた人だった。

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