『氷屋来たる』


新国立劇場の6月後半は、米国の劇作家ユージン・オニールの大作『氷屋来たる』
暗い、ダサい、長いオニールだが、何を隠そう私の卒論は、ユージン・オニールである。
1970年代の当時も、誰もまともに読んでいなかったので、論文としてはきわめて書きやすかった。指導教官も「私も読んでいません」とのことで何を書いても文句は言われないので好きなように書き、当然優をもらった。

オニール作品は、作品が長く内容が暗いので、日本では上演されてこなかった。
最高の大作『喪服の似合うエレクトラ』も、2004年に大竹しのぶ主演で、新国立劇場で上演されるまで、日本では全体が上演されたことがなかった。
この大竹しのぶ主演の演技はものすごくて、私もぶっとんだね。

『氷屋来たる』は、主演の市村正親はじめ木場克己、二瓶鮫一、中嶋しゅう達の演技は大変素晴らしかったが、作品としてはやや感動が薄かった。それは、演出の栗山民也が、蜷川幸雄のように扇情的な表現をするのではなく、きわめて冷静に劇を作る演出家だからだ。
話は、若きオニールがニュー・ヨークの町を放浪していた1912年のことで、酒場兼下宿屋にたむろする下層の人間たちの話で、ゴーリキーの『どん底』である。
主人公は、セールスマンの市村正親。
酒場の主人の中嶋の誕生日には必ず来て、中嶋を祝い皆を喧騒と笑いの渦に巻き込む。
その年も、市村が現れ、皆に酒と食い物とプレゼントを振舞う。
かつてのアナーキスト木場や、彼に憧れる、オニールを思わせる若者岡本健一など。
黒人の元賭博師の二瓶ら、大人は過去に憧れ酒にうつつを抜かす日々を送っている。
市村は、妙に浮かれていて、「自分は心の平安を得た」と皆に禁酒をすすめる。
どこかおかしな言動に、娼婦の明星真由美らも疑問を抱く。
最後、市村は妻を射殺したことを告白するが、この長台詞がすごい。おそらく、今後日本の演劇史に残る名演技となるだろう。
そして、アナーキストである自分の母親を警察に密告した岡本は、その罪に苛まれ、自殺してしまう。

ここで描かれているのは、人生には終わりや結論はない、ということだ。
結論を出した市村は罪を犯し、罪を苛まれた岡本は自死してしまう。
まるで成瀬巳喜男映画のように、人生には結論はなく、毎日が変化もドラマもなく過ぎてゆくのである。
市村もだが、木場克己の演技がとても素晴らしい。二人の演技を見るだけでも、この芝居の価値はある。

先週の『夏の夜の夢』で恋人たちの一人だった小山萌子が見に来ていたが、ひどく背が高くやせていた。

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