世の中にひどい映画は沢山あるが、この作品は日本映画史上おそらく最もリアリティのない「嘘映画」だろう。
なにしろ主演女優麻生れい子の台詞が余りにひどいというので、全部声優が吹き替えたというのだからすごい。
麻生れい子は、テレビに出ていたから良く憶えているが、ガラガラ声で下品な物言いだったが、それが上品できれいな声になっているのだから、およそ嘘にしか見えない。
そんなにひどかったら、女優を替えれば良かったのだが、この映画は麻生れい子の裸を見せるだけにしか意味がないので、それは不可能なのだ。
だが、今時の「巨乳」娘に比べれば、胸は極めて貧弱でほとんど栄養失調である。
この間の日本女性の体格の向上は大変なものだったのだ。
五木寛之の原作がどの程度のものかは知らないが、昭和30年代の日本で学生運動をしていてその後ずっとフランスにいた主人公佐藤亜土と、17年ぶりにパリで出会ったかつての恋人で、今は富豪(二谷英明のカメオ出演)の妻となっている麻生れい子とのフランスでの恋模様など嘘そのものとしか思えない。
佐藤亜土は、クラシックのソプラノ歌手佐藤美子の息子で画家で、ずっとフランスに住んでいた者で、勿論芝居は素人。
その素人と声優の芝居では映像にリアリティのある演技が生まれるべくもない。
ともかく、こえほどつまらない作品もまずないだろう。
一番傑作だったのは、やはり欧州に来て家具デザイナーとして成功した松橋登が愛人と一緒にいるところに出会い、互いの愛人を交換し、麻生が松橋と性交するところである。
松橋は、これしか感じないと言い、麻生を自宅のバルコニーに立たせたまま性交する。片足を上げてよがる麻生の表情の裏に港の船の汽笛が「ブオー」と聞こえる。
一瞬、私はオナラをしたのか、と思った。
全体が全くお笑いなのだ。
真面目にやっているのが実におかしいのである。
かつて日活の歴史的作品『狂った果実』で鮮烈に監督デビューした中平康にとっては、映画では遺作になる。
この作品の大失敗で、映画界からはお呼びでなくなり、テレビに行く。
最後は、アルコール中毒でベットに寝ながらの演出だったそうだ。
実に痛ましい最期である。
川崎市民ミュージアム。