夏の定番『牡丹灯篭』は、幽霊となったお露が、カランコロンの音と共に「新三郎様」と萩原新三郎の家に来るところが有名だが、三遊亭円朝の原作では、そこはほんの始まりに過ぎない。
新三郎の家に貼ってあった「幽霊除けのお札」を剥がし、大金を手に入れた伴蔵とお峰夫婦のその後の人生の有為転変が中心である。
幸せと不幸せが紙一重の、ない交ぜになった物語は、江戸の下層庶民の生態をまざまざと見せ、まるで人生の深淵を覗いたような観があり、河竹黙阿弥と同様・生世話の感じがすごい。
大西信行の脚本は、文学座と言うより、杉村春子に向けて書かれたもので、北村和夫との夫婦役が当たり芸だった。
ここでは、段田安則と伊藤蘭で、段田は、さすがに達者で変化自在な演技で過不足がなかった。伊藤はいくらなんでも無理では、という予想に反しては良いが、やはり長年の貧乏暮らしで生活に疲れた女を表現するには元気が良すぎた。
新三郎の瑛太とお露の柴本幸については、まだ演技を云々するレベルではない。
後半で段田と絡む重要な役お国の秋山菜津子は、さすがで、伊藤蘭と入れ替えた方が本当は良かったかもしれないと私は思う。
いのうえひでのりの演出は、いつもの大袈裟な趣向を極力抑え、大西の原作をほとんどそのままに生かしている。
それにしても三遊亭円朝の話は面白い。
渋谷、シアター・コクーン
劇場の入り口には、プロデューサーで、つい先日映画『KEIKO』で触れた北村明子さんが立っていた。
今後も、是非良い芝居にご活躍を期待する。