昔、有島一郎という役者がいた。
主に東宝の映画に出ていたが、今見られる作品で良いのは、山田洋次の『なつかしい風来坊』での主人公の厚生省技官役だろう。
加山雄三の「若大将シリーズ」での、加山の父親で浅草のすき焼き屋「田能久」の主人が一番有名だろうか。
本当の当たり役は、喜劇『雲の上団五郎一座』での三木のり平とのコンビだが、川島雄三の名作で池内淳子がとてもきれいな『花影』での、ケチでせこく、助平な弁護士も素晴らしいが。
長身で痩身。
その細い足の奇妙なアクション、高い声を生かした奇声等で有名だった。
風貌はメガネを掛けて知性的だったので、その知的な風貌と突然の狂気への落差が笑いの元だった。
今回、山中貞雄特集の荒井良平監督の『水戸黄門シリーズ』で出てきた高瀬実乗を見て、有島一郎の動きは、高瀬実乗の物まねだと気づいた。
もともと、顔つきもよく似ている。
高瀬実乗は、トーキー時代に入り「あのね、おっさん、わしゃかなわんよ」の流行語で大スターになった。
特に、戦時中の実演では、大人気だったそうだ。
ステージに出てきて、ただ「あのね、おっさん、わしゃかなわんよ」と言うだけで大喝采で、皆食われたそうだ。
彼は、戦争の生んだ大スターだったのかもしれない。
今見られるのは、エノケンの『孫悟空』での、エノケンとの化かし合いの妖怪大王である。
戦後、山本嘉次郎の喜劇の『新馬鹿時代』にも主役の一人として出ているそうだが、私は見ていない。
もっとも、この「わしゃ、かなわんよ」と言う台詞は、「戦争に勝てないみたいだ」と戦時中はギャグとして禁止されたという、まるで馬鹿な話もある。
サイレントで展開される高瀬のオーバーアクションの演技はすごく、フィルム・センターの場内は大爆笑だった。
こういうのが、エノケンらと同様に本当の爆笑王と言うのだろう。
有島一郎が真似したのも無理はない。