最近、元参議院議員平野貞夫氏の本を数冊読んだ。
中で、一番の悪者とされていたのが、元衆議院議員の武村正義氏だった。
この人は、ムーミン・パパと呼ばれ、悪役・豪腕の独裁者・小沢一郎に対し、善人と見られていたが、その実態は平野貞夫によれば随分違うようだ。
一番驚いたのが、平成5年8月の細川連立内閣のとき、武村は内閣官房長官を務めたが、本当は首相になりたかったとのこと。
確かに細川連立ができるとき、武村は実は自民党との連立工作をしていた。
そして官房長官在任中から、一方で自民党や社会党左派と秘密裡に交渉し、細川内閣の破壊工作をやっていたこと。
「へー、分からないものだな」と思った。
そして、次の「自・社・さきがけ」の村山内閣の最後、村山富市首相が正月に突然辞任した。
その理由は、「正月の空を見て決めた」というのは実は大嘘だった。
本当は、後に住専国会として大問題になる「住専問題」が手におえないことを年末に大蔵省からの報告で知り、武村大蔵大臣と伊豆の旅館で相談して辞任を決めたとのこと。
勿論、平野貞夫は小沢一郎の側近で、全体は「小沢史観」の分は割引しないといけないが、半分以上は正しいだろうと思う。
「人は見かけによらないものだ」とまた思った次第である。