黒澤明の幻の作品『荒姫様』は、山本周五郎の小説『笄堀』を基にした作品として構想された。
そして、この『笄堀』を読むと、それは豊臣秀吉軍による小田原の北條氏攻めの際の、忍城の攻防戦を舞台にしており、和田竜のベストセラー小説『のぼうの城』と同じ題材である。
その中では、300人の城方に対して3万人の石田三成軍が包囲してくる。
すでに城主は小田原に行っていて、城は奥方の真名女が守っている。
多くの老家臣たちが、降伏を言う中で彼女は戦うことを決意し、城外の一般の町人、百姓までも城に入れて大軍と巧妙に戦い、互角以上の戦いに成功する。
その中で、城の女たちは、堀を掘る作業に従事していて、ある日、堀の中で、真名女が昔身につけていた笄を見つける。
そして、城に笄を持って行き、「これはおかたさまのでは・・・」と本丸に行くと、そこにいたのは真名女ではなく、母によく似た娘の甲斐姫だった。
つまり、真名女は、身分を隠して下層の女と一緒に堀の掘削作業に従事していたのである。
こうした一致団結した力のお陰で、城攻めは難航に難航を重ね、ついに北條方が小田原で秀吉方に降参するまで持ちこたえたのである。
まさしく、昭和18年1月に発表された露骨な、しかしよくできた「戦意高揚小説」で、戦後さすがの山本周五郎も『日本婦道記』に入れず、現在は短編集『髪かざり』に収録されている。
だが、この笄堀を奥方が掘っているシーンを考えた時、恐らく黒澤明の『荒姫様』では、この真名女と娘の甲斐姫を原節子が二役で演じるものだったと想像できた。
すると原節子が演じた「二役」と言えば、戦後の『わが青春に悔いなし』である。
あの作品では、原節子は前半は大学教授のお嬢様として上品に演技している。
だが、恋人の野毛(藤田進)が反戦運動で逮捕、殺害され、彼の故郷の村に行くと、田の泥にまみれ髪振り乱して猛烈な労働に励む。
その変化は見る者に、相当に異常な感じを与える。
それはある意味で、二役のようなもので、原節子に上品なお嬢様と、髪振り乱して働く女を演じさせるというアイディアは、幻の映画『荒姫様』を構想する中で得られたものだと私には思えた。
いよいよもって映画『荒姫様』が見たくなった。
誰かお持ちでないだろうか。