昨日は、横浜大空襲の日だった

昨日、5月29日は、1945年に横浜が米軍のB29等の爆撃機によって空襲された日だった。

朝の8時すぎに500機の大編隊で襲ってきたというのだから嫌になるが、日本軍は完全に制空権を喪っていたのだ。

東神奈川駅、平沼橋、港橋(市役所)、本牧国民学校、そして吉野橋を目標に爆撃し、その火災による噴煙は、野毛山の上まで行ったという。

火災のおみならず窒息で亡くなられた方も多かったそうだ。

今、私が住んでいる吉野町も絨毯爆撃を受けたに違いない。

それを思いだすものはないが、ここから伊勢佐木町、関内の一帯は、道路が規則正しく縦横に通っているが、それはみな焼野原になったことの結果である。

さて、この時に安倍晋三首相は、安保法制を出し、さらに戦後70年談話を見ると、ともかく嫌々だという顔色が見え見えである。

それらを見ていると、自分の祖父岸信介元首相の「名誉回復」をのみ躍起になっているように思える。

                    

祖父の名誉回復をしたいと思うのは理解できないことでもないが、それを全国民の使命にされるのはご免である。

自分の家の墓でも古墳のように立派に作れば済むことである。

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