先日見た映画の『首』に「雇員」という名称が出てきた。
東大医学部法医学教室で働いている「首切り職員」大久保正信である。
昔は、国、地方の役所には一般の職員の他、現業、労務職の職員として雇員というのがあった。
戦前の公務員、特に国家公務員は、天皇陛下から直接任命される勅任官以下、キャリア、ノンキャリア、など極めて階級性の強い制度であった。
この人体解剖職の雇員は、あるいは「被差別部落」の人だったと思う。
だが、逆に言えばその「特殊能力」を尊重したものでもあり、ある意味合理的だったかもしれない。
現在は、多くは「労務職」という形態になっているようだ。
この辺も、映画『首』は随分きちんと事実を踏まえていたと大変に感心した。