『細雪』

仕事をしていたが、少し見るとやはり面白いので、用事をやめて最後まで見てしまう。

谷崎潤一郎の戦後すぐのベストセラー小説は、新東宝(1950)と大映(1959)に作られていて、東宝の市川盤は、1983年。
実は一番原作と違う部分があるのだが、私が見た限りでは最も面白いと思う。

新東宝の配役は、花井蘭子、山根寿子、轟夕起子、高峰秀子で、大映は轟夕起子、京マチ子、山本富士子、叶順子で、監督は新東宝は阿部豊、大映は島耕二だった。
市川作品での女優は、岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子であるが、主人公は三女の吉永である。

最初の新東宝の『細雪』で驚くのは、主人公が4女の高峰秀子であることで、奥旗の啓ぼんや、写真屋の板倉らと問題を起こすが、最後は下層出身の写真屋の板倉と一緒になることが新しい時代の女性の生き方ように描かれていた。
大映作品は、最も原作に忠実で、大映得意の特撮で神戸を襲った台風のシーンもあり、そこで板倉に妙子が救われる件もあったと思う。
ただ、この島作品は、京マチ子、山本富士子の二大女優に同等に気を使っているためか、どこか中途半端だった。

市川作品は、大女優を並べてはいるが、完全に主人公は吉永小百合で、他の役者はすべて彼女の引き立て役にすぎない。
電話口にも出ない、という実に古臭い、日本の昔のお嬢様の典型のような役を無理なく演じている吉永は、只者ではない。彼女が日本の旧家の美の象徴になっている。
彼女の前では、すべてがみっともない人間に見えるのがすごい。
岸恵子の旦那が伊丹十三だが、銀行家で合理的な彼などは、ただの喜劇的人物でしかない。
密かに義妹の吉永を思っている石坂浩二は、物事の論理と人情もわきまえた良い人間だが、彼とて吉永にはすべてを見透かされているように見える。

この作品を撮っているとき、市川は「もうこんな贅沢な映画は東宝でも作れないに違いない」と知人に言っていたそうだが、本当にそう思われる豪華な作品であり、見るたびに幸福な気分になる映画である。
1983年、68歳のときにこのような名作を残した市川崑は、晩年が相当に無残だった世界の巨匠・黒澤明と比べても随分と恵まれた一生だったと思う。

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