福田康夫首相辞任

黒澤明の『生きものの記録』を見て、続きの香川京子の黒澤回想が特に面白くないので、ニュースに廻すと首相辞任で大騒ぎ。
内閣改造したばかりなのでとても意外。
定率減税、国会会期等で公明党との間で板ばさみになり、身動きが取れなくなったのが真相だろう。
結局、自・公体制は無理と言うことである。

私は、市役所にいる感想から言えば、公明党は決して嫌いではない。
客観的に見て、少なくとも地方行政レベルで、一番真面目に政策を考え仕事をしているのは公明党の議員である。
奇麗事の言動の裏には自己利益が大抵は付いている、多くの自民党や、ときには民主にもいる不心得議員よりは遥かに良いと思う。
だが、自民党支持者の公明党(と言うより創価学会だが)嫌い、学会アレルギーはすごい。
自民党支持の草の根の、町内会長・商店街会長、各種団体・組合・協会等の役員、こうした連中は創価学会が大嫌いである。
なぜなら、自分たちとは相容れない社会的基盤、体質を持っているからである。
貧富の差、と言えばそれまでだが、こうした社会的階層の差は明確にあると思う。
そして、公明党・創価学会が、行政の様々なチャンネルを使って、そうした階層に言わば「富の再配分」を行っているのは間違いない。
多分、そこが草の根自民党には不愉快なのだろう。
「俺たちは、汗水たらして働いているのに、連中はろく働きもせず、役所から金をもらってのうのうとしている」
この辺の対立は、サラリーマンの我々には良く分からないところで、自営業者と社会的弱者との根本的差異・対立である。

自民党と公明党は本来、本質的に相容れない政党なのである。中長期的に見れば、この二つはいつか分かれていくことになると思う。
今回の首相辞任劇は、その始まりのように思える。
また、この自・公離婚劇は、かつての小沢「新進党」が辿った道程でもある。
そうなると、この後の政治情勢の展開は、公明党との統一と別離を先に学習してしまった小沢一郎の方に「学習効果」があるように思える。
昨年の福田・小沢の大連立と解消の騒動といい、どうも福田康夫は小沢一郎にやられっぱなしのように見えるが、今後どうだろうか。

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