早くも亡くなられた三国連太郎の追悼特集が行われているので、見に行く。
いずれも前に見ているが、篠田正浩監督の『処刑の島』と吉田喜重監督の『戒厳令』
『戒厳令は』、北一輝を主人公に、5・15事件から2・26事件、処刑に至る軌跡を描いたもので、ほぼ史実に忠実に展開されるが、そこに別役実の独自の論理が加えられていて、極めて面白い。
撮影は、写真家の長谷川元吉で、この後は市川崑作品等も担当するようになる。
美術は、内藤昭で、大映が倒産した直後で、映像京都によるもので、大映京都の伝統の凄さに驚く。
吉田作品は、時として観念的、抽象的になるが、ここでは別役の脚本の論理性と旧大映京都の美術の力によって堂々たるリアリズム映画になっている。
ロケも全部京都で撮影されたそうで、戦前の日本の市街を再現するとなると京都しかないのだろう。
三国の北一輝は立派すぎる感じで、以前NHKで放送された2・26事件の際の、特高の電話盗聴録音によると随分と卑俗な小物に聞こえたからである。
その録音では、北が蹶起した部隊の幹部に聞いているのは金のことだけで、
「マル、マルはあるか、マル、金のことだよ」と言った会話だったからだ。
それを聞いたとき、「片目の魔王」と言われたような迫力、神秘性は全くないと思ったのであるから。
三国連太郎と対照的な人物として、陸軍の下級の兵士夫妻が出てくる。
三宅康夫と倉野章子で、倉野は一時出産で休んでいたが、今は復帰して文学座で活躍している。
三宅康夫は、実は私の大学時代の劇団の先輩で、OB会で一度お会いしたこともある。
ただし、その時は既に文学座はやめていて、家業であった日本料理研究会の事務局におられた。
だが、その数年後に亡くなられたそうで、美食による生活習慣病だろう。
『処刑の島』も、公開時に新宿のシネマパレスで見ていて、よく分からなかったが、やはり出来は良くないと思う。
これは、篠田正浩が松竹を出て最初の作品で、多分石原慎太郎の力で日生劇場の金で作ることができた。
だが、当時はまだ5社の影響力が強かったので、独立系では公開できず、大映配給という不思議な形になった。
撮影は鈴木達夫、音楽は武満徹で、鈴木の撮影は悪くないが、武満の音楽はあまり冴えていないのは、時間が不足した性だろうか。
編集も篠田正浩とは、随分大変だったのだなと思う。
この経験を踏まえて、彼は自分のプロである表現社を作ることになる。
この『戒厳令』と『処刑の島』の差は、劇作家としての別役実と石原慎太郎のレベル、特に論理性の差でもあると思えた。
新文芸坐