『恋に狂ひて 「愛護の若」より』

以前、田村光男の会社ステーションで白州フェスティバルなどをやっていた斉藤朋君から招待をいただいたので、神奈川芸術劇場に行く。

友人と行ったが、二人とも「今さら横浜ボートシアターに期待できないだろう」と言い合ったが、これが傑作で驚く。

遠藤琢郎先生は、88歳の米寿だそうだが、大変なお元気で、この作品を作られたのは凄い。

2年前、田村光男の告別式で斉藤君に会った時、今は横浜ボートシアターをやっているというので、

「仮面劇はだめ、役者は自己宣伝の塊なのだから、顔が見せられない仮面劇では役者はいなくなる」と言っておいた。

今回は、基本的に仮面劇は止めて、小型の人形を役者が操作して劇を進行させる。

話は、5大説教の一つの「愛護の若」で、これは歌舞伎や浄瑠璃の『玉手御前』などの原作でもある。

要は、美しい義理の息子に惚れてしまった母の愛への苦悩であり、悲劇である。

役どころで言えば、岩下志麻で、映画では『槍の権三』もそうだったと言えるだろう。

ここで一番感動するのは、若松政太夫の説教節であるが、彼の師匠筋の二代目若松若太夫はLPに吹き込んでいたはずだ。

この二代目若太夫の父親の初代若松若太夫は、大正時代からの名人で、SPレコードも多数出していた。

説教節は、本来は仏教の説話を語るものだったが、江戸中期からは芸能として行われて非常に盛んになり、特に北陸等の浄土真宗地帯では説教所というところが村々にあったくらいなのだ。

それが、江戸末期から明治にかけてチョンガレ節などの他の芸能と一緒になって浪曲、浪花節ができたのである。

役者は6人で、全部の役を演じるが、遠藤さんによれば演出は非常に大変だったそうだ。

みな普通の演技訓練しか受けていないので、このような文語文の台詞を言うことができないのだ。

文語文の力強さに改めて感動したが、大げさに言えば、日本の明治以降の近代劇は、歌舞伎に代表される文語文の台詞の発声法を否定してきた。その結果、結局普通の市民生活の日常表現はできるようになった。

だが、この話のような、ある意味異常で劇的な台詞を語る術は会得出来ていないのであることがよく分かった。

改めて日本語の「物言う術」というものを考えさせられた一夜だった。

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