1952年の公開の新版とタイトルに出る。
白井喬二の長編小説『富士に立つ影』の映画化で、内容的には長編の発端の部分で、原作は明治時代にまで行くとのこと。
この小説はとても面白いと、桑原武夫が「『パルムの僧院』よりも面白いぜ」と言ったことが有名であろう。
徳川時代も末期に迫る文化年間、幕命で富士の裾野に調練場を作ることになり、その築城家を選ぶための戦いが、この映画のテーマである。
今日的に言えば、建築コンペであり、阪東妻三郎の佐藤菊太郎と永田靖の熊木伯展が戦い、もちろん善人の阪妻が勝つ。
映画の魅力はなんといっても阪妻の豪快さにあり、時として見せる愛嬌も素晴らしい。
私は、戦後の日本映画では、三船敏郎が最大の役者で、勝新太郎と鶴田浩二、それに石原裕次郎がなんとか彼らに次ぐと思う。
だが、サイレント、戦前、戦後を通じての最大のスターと言えば、なんと言っても阪妻だろう。
その豪快さ、愛嬌、さらに『無法松の一生』や『王将』、さらに『親父太鼓』等で見せた「演技派」としての上手さなど、彼に敵う者はいない。
勝新太郎は、阪妻に憧れ、『無法松の一生』『狐のくれた赤ん坊』、そして『王将』と阪妻の当たり役を再演したのは、それゆえである。
勝新には、もう一人憧れの役者がいて、それは六代目尾上菊五郎であり、その自然な演技である。
勝新にとって最初のヒット作となった森一生監督の『不知火検校』は、六代目のために宇野信夫が書いた新歌舞伎の名作である。
映画『座頭市』の見せ場は、言うまでもなく市が見せる仕込み杖の技だが、それを支えるのは、ただの盲目の按摩の市と市井の人との間の交流である。
そこでの自然な演技は、なんとなく見過ごしてしまうが、よく見ると勝新太郎の演技は大変上手いことに感心するに違いない。
さて、『富士に立つ影』は、昔のもので家にあるので、いずれ読むことにしよう。
この映画は、1952年の新版となっているが、監督の白井戦太郎は、戦時中に亡くなっている。
つまり、1952年7月に阪妻が亡くなった時に、追悼特集としてニュープリントで公開したものだと思う。
テレビでも、有名な役者や監督が亡くなられると、追悼特集として旧作を放映するが、昔も今も変わらないというべきだろうか。
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