『修羅』については、面白い話がある。
新宿文化の支配人で、ATG映画を実際に牽引した葛井欣士郎の『遺言』は、とても面白い本で、この中に、映画『修羅』を作るとき、「主演の小万に美空ひばりはどうか」という話があったそうだ。
主人公の源吾兵衛(中村賀津夫)と三五郎(唐十郎)の二人から愛され、二人を破滅に追い込む女郎の小万は美女でなければいけないと、最初松本らは、南田洋子と交渉した。
すると南田は、「自分ではなく美空ひばりが良い」と言ったのだそうだ。
松本俊夫はその気になったが、ATGの審査委員が全員唖然となり、話は進まず、結局民芸の女優で、美人の三条泰子になった。
確かに、あの小万がひばりだったら、話題性もあり、『薔薇の葬列』でゲイという際物を撮った松本だから、これは面白いものになったと思う。
多分、ひばりへのインタビューや世論の批判、芸能界的ゴシップ等々を入れ込んだ『薔薇の葬列』のような多面的な映画になったと思う。
かえすがえすも残念なことである。
その後、葛井欣士郎が三和興行をやめてからだが、「花の社交会」という名の葛井のプロデュース、唐十郎作、蜷川幸雄演出で、沢田研二、李礼仙、伊藤雄之助らが共演した『唐版・滝の白糸』が多摩川の大映スタジオで上演されたたことがある。
だから、この手の奇想天外な発想は是非実現されるべきだったと思う。
そうすれば、松本俊夫も美空ひばりも、また違った生き方が生まれたかもしれない。