芦川いづみに涙 『青春を返せ』

1960年代の中頃、「今の映画監督で、ひどいのは日活の井田探と東映の鷹森立一」との評判だった。
井田探は、日活でほとんどの作品がカラーになっているのに対して、多くがモノクロで、内容も暗くてダサかった。

『青春を返せ』とは、ときに「俺のことだ」と言いたくなるが、これは井田にしては信じられないような良い作品だった。
東京都大村市(青梅市のことか)で、母子殺人事件が起きる。
父親を失い、大学への進学を諦めて零細な木工所をやっていた長門裕之が犯人として逮捕され、裁判でも有罪とされてしまう。頼りない弁護士がまだ頭に毛のある大滝秀治。
その他、芦田伸介、清水将夫、大森義夫など民芸の役者が多数出ていた。
だが、長門の妹の芦川いづみは、東京高裁の上告棄却の判決に絶望した母親高野由美の自殺にもめげず、自分で兄の無罪の証明に奔走する。
内容的には、今井正の『真昼の暗黒』と同様で、松本清張原作、山田洋次監督、倍賞千恵子主演の1965年の名作『霧の旗』にも似ているが、この『青春を返せ』は、1963年で、こちらの方が早い。

元刑事の芦田伸介にも助けられ、芦川は、様々な証言を掘り出し、長門の無罪へと進む。
最後、取調べ刑事だった大森義夫の証言を得るため、桐生で工場の守衛をやっている大森の家に行く。
大森からは証言を拒否される。
だが、その帰り大森の息子がトラックに撥ねられそうになったのを芦川は助け、自分は牽かれて死んでしまう。
このところだけがシナリオが唐突で、センチメンタルだったが、芦川いづみの可愛さには救われる。
さらに冒頭と芦川が死ぬシーンで歌う『若者よ』がなければ良かったのだが。
このぬやまひろしこと、西沢隆治作詞の労働歌は、当時よく歌われていたのだが、このように表現されるのは全く困ったものである。
芦川いづみは、昔から贔屓の女優だが、大変上手い役者だと思う。
上手いと言うより、天性のものだろうか。
表情が変化に富んでいて、演技の持つ意味に的確にあっているのである。
犯人は、藤竜也と分かる。
言うまでもなく後に藤竜也と芦川いづみは結婚するが、この時代の藤はまだ端役で、芦川は日活を代表する大スターだった。

この映画では、多分青梅市の他、我孫子市、桐生市など、首都圏の鄙びた地の情景が出てくるのも、特色になっていた。
阿佐ヶ谷ラピュタ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. mgdby254 より:

    プレイガール
    井田探監督ってプレイガールの監督をよくしていたでしょ。

    日活の監督って知らなかったから、日活時代の作品を一度見たいなと思っています。

  2. さすらい日乗 より:

    あまいお奨めできませんが
    冒頭に書いたように、1960年代中頃の井田探の作品は、正直に言って良いものがないと思いますが。

    彼はまだご健在のようで、その意味では時代に即応して映画を作る、まことに処世術に長けた方のように思います。