『巨人軍』

川崎市民ミュージアムの大島渚追悼特集、日本テレビの「火曜スペシアル」として1972年に放送された大島による、川上哲治監督へのインタビュー。

当時、巨人は、7年連続日本一を達成していて、その強さを大島が川上に聞くのが中心になっている。

戦前の職業野球の始まりから、沢村栄治、三原、水原らスター選手の巨人の第一期黄金時代、それは同時に戦争での選手の徴兵の時代でもあった。

沢村らが徴兵されて、戦力が低下した時にレギュラーになったのが、川上や同僚の吉原などの若手だった。

いずれにしても戦前、戦中は選手が突然徴兵されて抜けるので、どのチームも戦力がきわめて不安定だったようだ。

戦後のプロ野球の再スタートの中で、水原茂がシベリアに抑留されてチーム編成に苦慮していた巨人は、他球団に比べ出遅れていたようだ。

そこでやったのが、豪腕別所の南海から巨人への引き抜きで、当時大島は関西の人間で南海ファンだったので、これに怒ったと書いていた。

意外にも川上も、「他チームの選手を引き抜いてまでチームを強くすることはない」と当時は本当に思っていたようだ。

そして、二リーグ分裂による阪神の有力選手の毎日への移籍等で、巨人は第二期黄金時代を迎える。

この時期は本当に強かったようだが、南海、そして西鉄の台頭で、巨人はリーグ優勝はするが、日本シリーズでは負けることになる。

その象徴が、昭和34年の西鉄との日本シリーズで、初め巨人は3勝したが、稲尾の大活躍で4敗し、日本一は西鉄になる。

この時「もう我々の時代ではない。若い中西、豊田、稲尾、巨人では長嶋の時代だ」と言って引退した川上の声明を今も憶えている。

そして、王、長嶋によるV9時代の第三期黄金時代になる。

川上によれば、この時期よりも1950年代の第二期黄金時代の方が上だったそうだが、V9時代の巨人も本当に強かった。

今年こそ、阪神が巨人を破るだろうと期待するが、いつの間にか巨人が優勝している。

日本シリーズでは、阪急が勝つのではないか、と思うが結局は巨人が優勝した。

川上は、その強さを伝統の強さと言っているが、まあそうだろう。

さらに、川上は、正力松太郎が「いい選手を取れ、しかしいくら良い選手でも、これは不要だと思えば、どんなに金を掛けて取った選手でもすぐに切れ」

と言われたと言っているが、これは経営者としてすごい言葉だと思う。

いつまでたっても、日本のプロ野球は、巨人中心主義から離れられないのは、実に残念なことである。

川崎市民ミュージアム

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