これは1977年に西武劇場での「左幸子特集」の時に見ている。
この時は、彼女が監督した『遠い、一本の道』の公開イベントだったと思うが、彼女が出た主要作品が一挙上映された。
その時は、この映画はよく内容が分からなかったが、今回見て非常に面白かった。
今見ると、最後の森繁の法廷での大演説は非現実的であり、おかしい。
だが、変化自在な森繁久彌の演技、さらに文学少女で、精神の変調から森繁に薬入りのウィスキーを飲まして、自分は死んでしまう左幸子の狂乱の演技がすごい。
森繁は、生き残って裁判に掛けられ、そこでの事実の究明がドラマの筋になっている。
原作は石川達三で、脚本は高岩肇、監督は久松静児。
高岩と久松は当時、推理もの作品をよく作っていて、これは元々シリアスドラマというよりは、娯楽推理ものとして作られたことがわかる。
雑誌編集者の森繁は、会社への広告料200万円を横領したほか、事務員の高田敏江への色仕掛け行為、シャンソン歌手轟由起子との関係など、心中未遂で生き残った最低の悪人として描かれる。
だが、本当は・・・という風に進み、社長の清水将雄は高田敏江と関係しており、尊大な作家の滝沢修は、実は森繁の妻で、原稿を受け取りに行った新珠三千代を犯していて、その穴埋めとして清水の会社の編集長を斡旋したものだった。
また、北海道から来た文学少女の左幸子も、滝澤は妻が病身なので女中代わりに自宅に置いていたが、持て余した挙句に森繁に押し付けたものであることがわかる。
この左幸子と森繁久彌の演技合戦は、本当にすごい。
脚本家白坂依志夫は、左幸子とは若いころに同じ劇団にいて付き合っていたが、彼女のバイタリティには、性行為も含めて大いに圧倒されたそうだ。
その彼女が、羽仁進という、生まれも育ちも良い「お坊ちゃん」と結婚するに至ったのは、男女の関係の機微として非常に興味深いことである。
新聞記者として、豊頬手術以前の宍戸錠が出ている。
もう1本、芦川いづみの『しろばんば』は、監督は滝澤英輔、原作井上靖だが、脚本木下恵介、音楽は小津映画で有名な斎藤高順なので、極めて松竹大船的な作品で、児童映画のような感じだった。主人公の少年の島村徹が上手いなと思うと、彼は子役から俳優になり、東宝の『戦争を知らない子どもたち』にも出ているそうだ。
阿佐ヶ谷ラピュタ