昭和41年3月卒業の都立小山台高校18回生の同期会が行われたので、久しぶりに武蔵小山に行った。
驚いたのが京浜急行から東横線の武蔵小杉で目黒線に乗り換えると急行で、屏風ヶ浦から1時間で武蔵小山に着いてしまった。
目蒲線はなくなり、地下鉄南北・三田線と乗り入れしている目黒線になっていて、大岡山からは地下鉄だった。
会場の小山台会館は、高校の敷地に戦前の卒業生が寄付した土地があり(プールにだった)、校舎立替えのとき財産変換し同窓会会館として建てたのだそうだ。昔の人の愛校精神は偉い。
会は3時半から、文化放送高橋民夫アナウンサーの司会で進行。
クラス毎の写真撮影から、最後は恒例ビンゴ・ゲーム大会まで、なんと8時過ぎまで。
なにしろ、A組からL組まで、12クラス600人もいたのだ。
小山台史上でもL組まであったのは、我々だけで、今回は200人以上来たが、団塊の世代は多い。
かつての美少女、美少年も禿げ、白髪、デブのおばさん、おじさんとなっているが、全体に大変若く見え、特に女性は60とは到底見えなかったのはうれしかった。
その後、私がいたA組の12人で、武蔵小山商店街の居酒屋で飲む。
教師のこと、授業のこと、クラブやマラソン大会のこと、そして勿論現在の仕事や家族のことなど。
意外だったのは、私が教師の言動をよく良く憶えていることで、結構授業は真面目に聞いていたらしい。その割りに成績が良くなかったのは、能力の差。
中で一番印象的だったのが、Yという一番もてた奴の近況。
Yは、ガンで胃を全摘出したのだが、離婚し20歳年下の女性と再婚し、今その女性は妊娠しているのだそうだ。
「60で子を作ると、その子供が成人するときは80で、到底俺はできないな」という声が多かった。
だが、私は本当にその女性を好きになったのだ、ともてる男は違うと、少々羨ましかったが、素直に感動した。