俳優長門裕之が亡くなった、77歳。
彼の映画界での功績は、どのくらいだろうか。
戦後の製作再開後、日活の乏しい男優陣にあって、ありとあらゆる役柄で出ており、それは石原裕次郎、小林旭に次ぎ、初期の日活を支えたと言えるだろう。
ただ、ミス・キャストに類するものも多数あった。
南田洋子と共演し、
「これは、俺たちのことじゃないな」と言ったという『太陽の季節』が典型的にそうだろう。
大江健三郎原作、蔵原惟繕監督の『われらの時代』も、見ていて「これが大学生なの」と思ったものだ。
一番のミス・キャストは吉田喜重監督の『秋津温泉』の小説家である。
もっとも本当は、芥川比呂志が配役されていて少し撮影したが、彼が結核で倒れたための代役だったのだから仕方がないのだが。
『秋津温泉』は、岡田茉莉子は勿論のこと、中村雅子、夏川かほるなど松竹大船の伝統の女優がきれいな作品だが、どう見ても長門は、苦悶するインテリには見えなかった。
日活の初期では、床屋の主人宇野重吉の出征中に、奥さんの乙羽信子とできてしまい、最後は心中に追い込まれる新藤兼人監督の『銀心中』が、印象に残る。
山奥の温泉の雪景色の美しさと、路面電車が走る不思議な風景、長門の常に受身で、年上の乙羽に引きずられる演技はなかなか良かったと思う。
結局、長門の代表作と言えば、今村昌平監督の『にあんちゃん』『豚と軍艦』になるだろう。
個人的は、蔵原惟繕監督の大傑作『憎いあンちくしょう』の、テレビ局の軽薄なディレクター、あるいはロマンポルノ時代に、一般作品として作られた藤田敏八監督、秋吉久美子主演の『バージン・ブルース』で、「俺は彼女の処女を守る義務があるんんだ!」と言いい、秋吉に付きまとう中年サラリーマンなどが適役だったと思う。
日活初期では、鈴木清順監督の『密航0ライン』の赤新聞記者も記憶に残るが。
現在は、俳優は、素の自分をそのまま押し出すことが演技で、「役作り」は不要になっていて、自分の持役以外を演じることは極めて少なくなっている。
その意味で、多彩な役を演じることこそが、プロの俳優の証明だった時代の生き残りの役者の冥福を祈る。